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第三章 テオドルス・サリバン
55.希望的観測◆ヴィンセント視点
しおりを挟むがむしゃらに通りを走っているうちに、何処だか分からない場所に迷い込んでいた。
今が何時なのかもよく分からない。アルと夕食に出たのが八時前だったから、おそらくそこから一時間ほど経った頃だろう。走り過ぎて痛む脇腹を摩りながら壁に手を突く。
幸運なことに、アル・パレルモを含め、パレルモ・ファミリーの関係者は自分を追って来なかった。うまく撒けていれば良いけれど、気を抜いたときに後ろからグサリでは笑えない。
(………どこへ行こうか)
行くアテなどもちろんない。
スクルドを訪れた際にトリニティの男が言っていた「疑うべきは自分たちではない」という言葉の意味が引っ掛かった。
アル・パレルモの話によれば、トリニティは僕が勝手に嗅ぎ回ったことにご立腹で何か申し立てを行ったようだったけど、本当だろうか?
見逃してくれたと思うのは希望的観測に近いけれど、わざわざパレルモに僕を差し出せと彼らが頼むとも考え難い。ここ数年の動きしか知らないけれど、何か揉め事があっても穏便に済ませようと努めるのが、彼らの対応だと思っていた。つまり、金銭的な誠意を求めるという方法だ。
危険に晒すのではないかと危惧して別れを切り出したジュディに関しても、気掛かりだった。アルがヘザーに情報を流していたなら、どっちみちあの家を出て正解だったと思うけど、ゴーダはきちんと見張り役を果たしてくれているのか心配だ。
(僕が…ヘマしなければ、こんなことには……)
スクルドの街角で立ち止まらなかったら。話し掛けられても上手く誤魔化せていたら。いいや、そもそもスクルドに勝手に行って探ろうとしなければ。
しかし、どうしても何か違和感がある。
本当にトリニティは僕を狙っているのだろうか?
ヨロヨロと歩く僕の背中に眩しいライトが光って、刺さるようなクラクションが鳴った。
振り返ると、一台の車が通りを塞いでいる。こんな細い路地をデカい車で通ろうとするなんて、と驚きつつ道の傍に寄ったら、1メートルほど僕を追い越して車は停まった。
後部座席の窓が開いて、男が顔を出す。
僕はびっくりして言葉を失った。
「驚いたな……こんなに似ているなんて、」
男もまた、感心したように溢す。
瞳の色こそ違えど、真っ黒な髪に穏やかな笑みを浮かべる男は自分によく似ていた。辺りは暗かったから、余計にそう思えたのかもしれない。
「君がヴィンセント・アーガイルかい?」
「……尋ねる前に名乗ってください」
「ああ、失礼したね。俺はテオドルス・サリバン。俺たちの愛すべき父親バシュミル・サリバンの息子だ」
「俺たち……?」
普段ニュースを見ない僕でも知っている。
サリバン姓を名乗れるのは皇族だけだから。
僕は彼らもまた自分を追う者なのか、それとも違った立場なのか見極めようとしていた。テオドルスと名乗る男は、それが本当であればこの国の皇子だ。友好的な表情は見せているけれど、僕は笑顔で人の頭を吹き飛ばす人間を何人も知っている。
「こんな場所で話すのもなんだから、良ければ車に乗ってくれないか?」
「貴方が僕を殺さない保証は?」
「うーん…保証は出来ないけど、俺にも立場ってものがあるから。殺す価値のない人間を無闇に殺めたりはしない」
「………なるほど」
僕は頷いて、車のドアに手を掛けた。
テオドルスが運転手に声を掛けて車が走り出す。
広い車の中には、彼の趣味なのか場違いに大きな音量で壮大なオペラが流れていて、言葉を交わさない僕たちの間に沈殿した空気は、いつの日か嗅いだあの花の香りを含んでいた。
◆お知らせ
完結まで書けたので、どんどこ更新して日曜日に完結予定です。どういうわけか87話まで続いています。自萌えのためのお話はこんなに筆が進むとは驚きです。
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