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第三章 テオドルス・サリバン
54.良い父親◆ヴィンセント視点
しおりを挟む「ヴィンセント、お前とこうして二人で食事をするのは初めてだな。どういう風の吹き回しだ?」
目の前で微笑むアル・パレルモを見つめた。
こんなに暗い室内でも彼はサングラスを掛けている。
僕は部屋に入って来たウェイターを見て口を閉じ、その質問への答えを頭の中で考えていた。知りたいことはいくつかあって、そのいずれも慎重に持ち出すべき話題だった。
「たまには、父である貴方と話す機会がほしいと思いまして。お忙しいところすみません」
「いや、良いんだ。嬉しいと思うよ」
「それでお前はマックイーンの妻の葬儀へは結局行ったのか?あれ以降まったく何も言って来ないが…」
そう言って、持ち上げた白ワインを確かめるように振る。
僕はその透明な液体越しにアルの顔を見た。
サングラスの下の目は笑っているのだろうか。いいや、笑っているはずがない。彼はきっと僕がジュディと暮らしていたことに気付いている。分かっていて泳がすことが優しさなのか、それともその先に悪意があるのか、僕は判断し兼ねていた。
それを確かめるために、ここへ来たのだ。
「昨日、ヘザーお嬢様は何をされていましたか?」
「ん?友達と踊りに行くと出掛けたよ」
「マックイーンの妻が働いている店に遊びにいらっしゃったようですけど、何か聞いていませんか?」
こちらから核心に触れてみるとアルは笑った。
「っは、ヘザーも諦めが悪いな」
「彼女が自分で店を探り当てたとは思えない。優しい誰かの入れ知恵があったのかと思いますが、どうでしょう?」
「入れ知恵なんて言い方はするな。私はただ娘に対して、お前の恋敵は男を手玉に取る高級娼婦で、どうやらヴィンセントのかつての師であるらしいと教えただけだ」
「………あんた、良い父親だな」
無意識に渇いた笑いが溢れた。
どうせそうだろうと踏んでいても、実際に聞くと地獄だ。
ジュディの家を出て正解だったのだろう。トリニティもきっと僕が彼女に心酔していることを知っていた。そして、直接的では無いにせよ、自分のボスもまたこの恋に肯定的ではない。
なにより、ヘザーに情報を渡されたなら面倒ごとは絶対に訪れる。頭に血が上ったヘザーが変な行動に移る前に、僕は次の言い訳を考えるべきだろう。或いは対策を。
「それより、どうしてお前は食事に手を付けないんだ?」
「久しぶりに…ボスと二人なので緊張しているんです」
嘘ではなかった。
僕は、この男の恐ろしさを知っている。
アルはゆっくりとワインを口に流し入れて、運ばれて来た肉に手を付けた。まだ赤みの残った肉は何の肉だろう。訝しむ僕とは対照的に、アルは楽しそうに切り分けて、それをフォークに刺した。
「せっかくの料理だ。食べろ、ヴィンセント」
「………申し訳ありませんが、本当に食欲が」
「口を開くんだ」
命令のような強い口調に僕が根負けして口を開けた。
舌の上にまだ温かい肉の欠片が載せられる。
「良い肉だろう?良質な脂だ、この豚はよく働いた」
僕はその肉片を口から吐き出してテーブルを蹴り上げた。
アル・パレルモはとっくに立ち上がっていて何処に隠し持っていたのか銃を向けている。味方であれば多少は心強くても、敵になったら本当にタチが悪い男だと思った。
「冗談だよ、それはただの子鹿の肉。驚いたか?」
「べつにどっちでも構いません。貴方が僕にそういった物騒なものを向けている、それだけで十分だ」
「殺すつもりはないんだ。本当だよ」
わざとらしく肩を竦める自分のボスを見つめた。
「トリニティがお前のことを狙ってる。ヴィンセント、勝手な行動は困るんだ。こっちにも立場がある」
「僕の首を持って和解に行くつもりですか?」
「首とは言わない。お前は綺麗な顔をしてるから、まぁそれなりに需要はあると思うからな」
「面白い冗談を言いますね」
狭い室内では、取れる距離も限られている。
地下のレストランを指定された時点で察することは出来たかもしれないが、僕はそこまでの勘はないから、たぶんこういう仕事は向いていないんだろう。
アルは引き金に指を掛けたまま、一瞬だけ扉の外を気にする素振りを見せた。僕はその隙に机の上のグラスをいくつか掴んで投げてみる。当たらなくて良い、ただ注意を逸らすことが出来れば。
驚いたアル・パレルモが腕で顔を庇い、銃の照準が逸れた。僕はドアノブを引っ掴んで押し開ける。即座に飛んで来た銃弾が階段の手摺りにめり込んだ。
数段飛ばしで階段を駆け上がり、擦れ違った給仕係の抱える銀の盆を奪い取った。何もないよりは良い。表情を変えて怒号を飛ばす男に声を掛ける暇はなく、僕は入り口から外へ飛び出した。
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