上 下
55 / 94
第三章 テオドルス・サリバン

50.タイプ

しおりを挟む


 新しく出来た駅前のレストランは、野菜を中心にヘルシーなメニューを提供しており、明るい店内には私たちのように話し込む女たちが溢れかえっていた。

「はぁ、マリウス役の俳優がちょっと微妙だったわね。私はもっと腹筋バキバキの胸筋おばけが良かったわ」
「そう?私は良いと思ったけど……」
「ジュディ、貴女ってどんな男がタイプなの?」
「え?」
「昔から思ってたけど、まさかベンシモンの見た目が好きで結婚したわけじゃないでしょう?失礼だって分かってるけどずっと不思議だったのよねぇ」

 どんな男を好むのか、というストレートな質問に答えを出すため、私は暫くの間頭を捻った。

 今まであまり考えたことがなかった。強いて言えば、人として最低限の常識を持っていて、私のことを大切にしてくれれば嬉しい。手に入れたら終わりじゃなくて、出来ればずっと愛してくれるならば、それ以上の幸せはない。

 私は、私を抱き締めるヴィンセントの二本の腕を思い浮かべる。犬みたいな笑顔、眠っているときの健やかな呼吸、キスするときにこちらの様子を窺う優しい目。


「………タイプとかじゃないのかも」
「ん?」
「こういうのだから好きとか、そんなんじゃんくて…私はたぶん、ヴィンセントくんだから好きなんだと思うの」
「あ、例の元教え子の話?」

 ブリリアは呆れたように顔を顰める。
 惚気話だと判断したようだ。

「うん。似ている人じゃダメなのよ、きっと」
「まぁ、そもそも、そんな至るところに似てる人なんて居ないわよ。この国も広いんだから」
「そうなんだけど……」

 私はふと、テオドルスのことを思い出した。
 テオドルス・サリバン。あの高貴な男は私に側妃にならないかと誘ってきた。それは悪い話ではないと、彼は言っていた。だけど、たとえ借金が帳消しになって私が自由の身になったとしても、それは一瞬のことで、私はすぐにまた別の不自由に捕らわれることになる。

 それならば、まだ。
 多少時間は長く掛かるとしても、己の心が擦り減るとしても、私はこの生活を送りながら借金を返していきたい。私を癒してくれる大きな犬が待つ家で。


「というか、まだその教え子に告白の返事をしていないんでしょう?」
「返事……?」
「結婚しようって言われたんでしょう?付き合うとか結婚するって話をなぁなぁにして男女の関係になってるから変なのよ」
「変じゃないわ!彼は返事を待ってくれているの」
「待つって何で?なにか問題でもある?」

 言葉に詰まった。
 問題があるとすれば、それはこっち側の問題だ。

 私は借金の返済を終えるまでは答えを出すまいと騙し騙しで今日まで来ている。ヴィンセントもそれで不満はないと勝手に推測しているけど、もしかしてそうではない?

 でも、求められたらそういう行為には応じているし、一緒に眠ることだってある。恋人同士のような距離感で居るのだから、言葉にしていなくても私の気持ちは伝わっているはず。

 私たちは大人なんだから、一から百まで伝えなくても、お互いを尊重して気持ちを推し量れば、きっと擦れ違うことなんてない。


「問題とかじゃなくて、まだその時ではないの。タイミングを見て私の気持ちも伝えるつもりよ」
「呑気に構えてるわねぇ。彼って若いんでしょう?」
「二十三だったと思うけど……」
「好かれてるからって胡座をかいていて大丈夫?今時の子ってすぐに次にいっちゃうわよ。うちの事務所の後輩も、別れたと思ったらもう彼女が出来てんの」

 そう言いながら、話の中心はブリリアの弁護士事務所におけるオフィスラブに移って行った。私は笑ったり、自分の勝手な意見を述べたりしつつ、言われた言葉を心の奥に落とし込んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

処理中です...