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第三章 テオドルス・サリバン
50.タイプ
しおりを挟む新しく出来た駅前のレストランは、野菜を中心にヘルシーなメニューを提供しており、明るい店内には私たちのように話し込む女たちが溢れかえっていた。
「はぁ、マリウス役の俳優がちょっと微妙だったわね。私はもっと腹筋バキバキの胸筋おばけが良かったわ」
「そう?私は良いと思ったけど……」
「ジュディ、貴女ってどんな男がタイプなの?」
「え?」
「昔から思ってたけど、まさかベンシモンの見た目が好きで結婚したわけじゃないでしょう?失礼だって分かってるけどずっと不思議だったのよねぇ」
どんな男を好むのか、というストレートな質問に答えを出すため、私は暫くの間頭を捻った。
今まであまり考えたことがなかった。強いて言えば、人として最低限の常識を持っていて、私のことを大切にしてくれれば嬉しい。手に入れたら終わりじゃなくて、出来ればずっと愛してくれるならば、それ以上の幸せはない。
私は、私を抱き締めるヴィンセントの二本の腕を思い浮かべる。犬みたいな笑顔、眠っているときの健やかな呼吸、キスするときにこちらの様子を窺う優しい目。
「………タイプとかじゃないのかも」
「ん?」
「こういうのだから好きとか、そんなんじゃんくて…私はたぶん、ヴィンセントくんだから好きなんだと思うの」
「あ、例の元教え子の話?」
ブリリアは呆れたように顔を顰める。
惚気話だと判断したようだ。
「うん。似ている人じゃダメなのよ、きっと」
「まぁ、そもそも、そんな至るところに似てる人なんて居ないわよ。この国も広いんだから」
「そうなんだけど……」
私はふと、テオドルスのことを思い出した。
テオドルス・サリバン。あの高貴な男は私に側妃にならないかと誘ってきた。それは悪い話ではないと、彼は言っていた。だけど、たとえ借金が帳消しになって私が自由の身になったとしても、それは一瞬のことで、私はすぐにまた別の不自由に捕らわれることになる。
それならば、まだ。
多少時間は長く掛かるとしても、己の心が擦り減るとしても、私はこの生活を送りながら借金を返していきたい。私を癒してくれる大きな犬が待つ家で。
「というか、まだその教え子に告白の返事をしていないんでしょう?」
「返事……?」
「結婚しようって言われたんでしょう?付き合うとか結婚するって話をなぁなぁにして男女の関係になってるから変なのよ」
「変じゃないわ!彼は返事を待ってくれているの」
「待つって何で?なにか問題でもある?」
言葉に詰まった。
問題があるとすれば、それはこっち側の問題だ。
私は借金の返済を終えるまでは答えを出すまいと騙し騙しで今日まで来ている。ヴィンセントもそれで不満はないと勝手に推測しているけど、もしかしてそうではない?
でも、求められたらそういう行為には応じているし、一緒に眠ることだってある。恋人同士のような距離感で居るのだから、言葉にしていなくても私の気持ちは伝わっているはず。
私たちは大人なんだから、一から百まで伝えなくても、お互いを尊重して気持ちを推し量れば、きっと擦れ違うことなんてない。
「問題とかじゃなくて、まだその時ではないの。タイミングを見て私の気持ちも伝えるつもりよ」
「呑気に構えてるわねぇ。彼って若いんでしょう?」
「二十三だったと思うけど……」
「好かれてるからって胡座をかいていて大丈夫?今時の子ってすぐに次にいっちゃうわよ。うちの事務所の後輩も、別れたと思ったらもう彼女が出来てんの」
そう言いながら、話の中心はブリリアの弁護士事務所におけるオフィスラブに移って行った。私は笑ったり、自分の勝手な意見を述べたりしつつ、言われた言葉を心の奥に落とし込んだ。
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