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第三章 テオドルス・サリバン
45.地下二階
しおりを挟む指定されたのは、地下にある全個室のレストランだった。私の名前を受付で伝えるだけで良いと店長からは聞いていたので、私はその通りに名乗った。
表通りから店に入るにあたっても短い階段を降りたのに、なんとさらに店内にも階下へ通じる階段があった。まるで洞穴のようだし、私が閉所恐怖症であれば厳しいところだ。
「お連れ様から、お食事は先に召し上がるようにと」
「あ……そうなのですね」
私の前に食前酒を置いて、ウェイターは出て行く。
こういった場所で待ち合わせて、客が遅れて来るというのは私にとって初めての経験だった。通常であれば、二人分の食費を払う客側は少しでも早く待ち合わせて一秒足りとも無駄にするまいと意気込む。
中には食事前に下着屋に連れて行って、男が購入した下着を着けてプレイに挑むことを命じるど変態も居た。
よほど時間にルーズなのか。
それとも、それだけ余裕があるのか。
いずれにせよ、ほどほどに常識があって無理強いしない人なら良いけれど、とグラスに口を付けながら考えた。一人で外食するのは随分と久しぶりだ。
外食自体、そもそもブリリアと会う時ぐらいしかしない。ヴィンセントとは家では食事を共にすることはあっても、外で会おうと誘われたことはない。彼なりの私の仕事に対する配慮なのかもしれない。
ほろほろと口の中でとろける牛肉の煮込みや、優しい味の豆の冷製スープを飲み、私はしっかりデザートまで平らげた。名残惜しくスプーンを机に戻しながら、それでも登場しない客のことを考える。
(もしかして、急用が入ったとか……?)
店長に連絡すべきかと悩んでいるところへ、給仕係の男が入って来た。
「お連れ様が到着されました。店の裏手に停車されているお車の中でお待ちです」
「………わかりました。ありがとうございます」
唾を飲んで、案内されるがままに階段を登って行く。細いヒールで何段もの階段を登るから、別の意味でも緊張した。
裏口らしき場所から外へ出ると、店の真横に黒い車が付けてある。窓ガラスはスモークガラスなのか、中が見えない作りになっている。心臓がドキドキした。もしかして、サミュエルが私への仕返しのために別人に成りすまして予約を取ったのでは………
「ジュディ!俺のことを憶えているか?」
しかし、わずかに開いた窓ガラスから顔を覗かせたのは自称変態ではなかった。ストレートの黒髪に、明るい水色の瞳。
それは、いつかの娼館で私に抱き付いたテオドルスだった。
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