【完結】喪服の娼婦がその愛を知るまで

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
47 / 94
第三章 テオドルス・サリバン

44.テオドルス

しおりを挟む


「………信じられない。あのカップルが一番最初に死んでしまうなんて…」
「仕方ないですよ。ホラー映画だとだいたい序盤で性行為する恋人たちは死にますから」
「だとしても…!」

 クッションを抱えたままで呆然とする私の肩をヴィンセントが抱き寄せた。

 ブリリアのおすすめで借りてみた古い映画は、ある日突然街がゾンビに襲われるという内容で、非現実的であるにしても私はなかなかの恐怖を味わった。

「付き合ってくれてありがとう、楽しかったわ」
「こちらこそ。先生の反応面白かったです」
「貴方は映画を見てたの…?」
「いえ、八割ぐらいは先生のことを見てました」

 揶揄われてるのか本気なのか、なんとも言えないヴィンセントの言葉に私はあんぐりと口を開ける。それをどう受け取ったのか顔を近づけて来るから、思わずズイッと両手で押し返した。

 ヴィンセントは残念そうに笑って立ち上がる。
 どうやら洗い物をしてくれるようなので、私は机の上に広がった皿を片付けてその後を追い掛けた。

 私たちの同居生活は、三ヶ月目を迎えていた。

 くっついて眠る夜もあれば、お互いが忙しくて数日顔を会わせない時もある。幸いなことにヴィンセントは特に私に多くを望まず、私はそれに甘えていた。まだ答えを出さなくても良いのだと、ジュディ・マックイーンとしての人生をずるずる引き延ばしていたのだ。

 変わったことと言えば、黒ばかりの私のクローゼットに、少しだけ色の付いた服が増えた。それは店外でデートをする客からの要望でもあったし、自分自身の心境の変化も影響していると思う。

 もう、私の心にベンシモンは居ない。
 弔うべき夫は雲の彼方に消えていた。

 軽くなった薬指をさすりながら、私は明日の予定を思い出して口を開いた。


「あ、私、実は明日は早くに家を出るの」
「お客さんですか?」
「ええ。初めての人なんだけど、外で待ち合わせることになっていて。食事をしてから…その…」

 最後は言葉を濁した。
 ヴィンセントは私の仕事のことをどう思っているのだろう。返済は順調に進んでいて、きっともうかなりの金額を返しているはずだ。

 何度も返済を助ける旨の申し出を受けたけれど、これは私のことなので巻き込むわけにはいかない。この負債を終わらせることで、私は亡きベンシモンとの離別とする予定だった。

「分かりました。どうか、気を付けて」
「気を付けるも何もお客さんよ」
「面倒な客も居るでしょうから、」

 彼はきっとサミュエル小侯爵のことを意味している。

 私が裸足で店から飛び出した日、ヴィンセントは泣きながら話す事の顛末を黙って聞いてくれた。店には謝罪の連絡を入れて、サミュエルは出禁になった。

 というのも、爵位があれど、働く娼婦のプライベートを詮索するのは禁止事項らしい。あれからは面倒な客にも当たっていないので、今のところ私はまだ穏やかに仕事を続けている。

 気になることと言えば、ヴィンセントによく似たテオドルスの件だけど、彼はあれ以降まったく顔を見せないので、私の記憶も風化し始めていた。会話から察するに、皇族と交流があるということはさぞかし高貴な家柄なのだろう。

(それにしても………、)

 テオドルスという名前は、あろうことか帝国の皇子と同じ名前だ。旅人の宿、と呼ばれる娼館には様々な身分の男たちが訪れるけれど、さすがに皇族が娼館に来るとは思い難い。

 病弱な皇子は賊に命を狙われることを恐れて引き籠もっていると聞くので、あまり写真や肖像画も公開されていない。父親である現皇帝の血を引いているとすれば、きっとさぞかし女遊びが激しいのだろう。


「先生?」

 心配そうな声に顔を上げると、ヴィンセントが私を見ていた。「何でもないの」と答えながら、私は笑顔を向ける。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...