上 下
46 / 94
第三章 テオドルス・サリバン

43.お誕生日◆ヴィンセント視点

しおりを挟む

 ピンク色の風船が頭の上でふわふわと浮かぶ。
 部屋の中央には三段の大きなケーキがどんと置かれていて、てっぺんに「24」と書かれたチョコレートのプレートが刺さっていた。

 この男だらけの部屋には似つかわしくない光景だ。

 上機嫌のヘザー・パレルモはカメラを片手に忙しなく動き回っている。男たちはご機嫌取りに徹することにしたらしく、口を開いてはお祝いと賛美の言葉を並べ立てた。

 僕は、ぼんやりと窓の外を見ていた。
 朝家を出るときは曇り空だったのに、いつの間にやら白い粉雪がハラハラと空に舞っている。こんな寒い日にいったい誰がわざわざ誕生日パーティーなんて企画したのか。きっと、ヘザー本人が誰かの尻を叩いて用意させたのだろう。


「ヴィンセント!」
「……どうしましたか?」

 向けた視線の先で、ヘザーは満面の笑みを浮かべていた。

 コスプレなのか、尻尾が生えた悪魔みたいな服を着ている。彼女が十分大人と言える年齢になっても、こうして自分の誕生日を楽しめているのはめでたいことだ。

「写真を撮りましょうよ。ねぇ、良いでしょう?」
「すみません、あまり得意ではなくて…」
「はいはい。笑って笑ってー!」

 フラッシュが光って、まもなくベロンと手のひら大の大きさのボヤけた写真が放出された。撮ったらすぐ出てくるなんて昔の人が知ったらびっくりするだろうに。

「今日の夜は空いてる?」
「いいえ、ごめんなさい」
「私は今日お誕生日なの。分かってるわよね?」
「外せない予定があるので……」

 のし掛かるヘザーの胸の圧に屈しないように、左手でガードしながら僕は助けを求める相手を探す。

 ゴーダは今日は居ない。一週間常温で放置した肉を焼いて食べたところ、腹を下したらしい。ウルとベルは雑用を押し付けられたのか、紙皿を片手に走り回っている。ニックもどこに行ったのか見当たらない。

 本格的に困り始めた僕の後ろで、部屋のドアが開かれた。

 顔を向けると、アル・パレルモが頭の上に大きなパーティー帽子を被って立っていた。このめでたい日でも相変わらずサングラスを外す気はないようで、彼の視界はさぞ暗いはずだ。


「ヘザー、誕生日を楽しんでるか?」
「もちろんよ!パパ」
「それは良かった。どうだ?今日はヴィンセントの家に呼ばれてみたら。良いワインがあるらしいぞ」
「え!そうなの……!?」
「ボス、僕は下戸です。冗談はやめてください」

 乾いた声でひとしきり笑って、アルは僕を見た。

「お?右手の傷は治ったか?」
「………おかげさまで」

 忙しくて滅多に顔を出さないこの男が、自分の怪我について知っていたことに驚いた。包帯はもうとっくに取れていて、今じゃ何の問題もない。

 僕はまた面倒ごとを押し付けられるのは懲り懲りだったので、タイミングを見計らって席を立った。とりあえず胃袋だけ満たして適当に帰ろうと思っていた。


「ヴィンセント、少し待ってくれ」

 しかし、みんなの良き父親であるアルは僕のつれない態度が許せないらしい。僕は振り返ってサングラスの下に隠された見えない目を見つめる。

「無理にとは言わないが…たまには可愛い娘と遊んでやってくれないか?」
「そうですね。でも、今日は大事な予定がある」
「ヘザーよりも?」
「………比べられるものではありません」

 そう言って笑顔を見せるが、アルは納得していないようだ。
 こういうネチっこさで彼は這い上がって来たんだろう。

「お前、今はどこに住んでるんだ?」
「…………、」
「ヴィンセント…お前は、もしかして…」
「前と一緒です。崩れそうなボロアパートの一室です。鼠が出るので、ヘザーお嬢様はきっと来ない方が良い」

 ヒッと悲鳴を上げてヘザーが震え上がるのを確認して、僕は「失礼します」と付け加えて部屋を出た。適当に時間を潰して、頃合になったら挨拶だけして帰ろう。

 今日はジュディと家で映画を観る予定なので、僕は絶対に遅れることが出来ない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...