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第三章 テオドルス・サリバン
43.お誕生日◆ヴィンセント視点
しおりを挟むピンク色の風船が頭の上でふわふわと浮かぶ。
部屋の中央には三段の大きなケーキがどんと置かれていて、てっぺんに「24」と書かれたチョコレートのプレートが刺さっていた。
この男だらけの部屋には似つかわしくない光景だ。
上機嫌のヘザー・パレルモはカメラを片手に忙しなく動き回っている。男たちはご機嫌取りに徹することにしたらしく、口を開いてはお祝いと賛美の言葉を並べ立てた。
僕は、ぼんやりと窓の外を見ていた。
朝家を出るときは曇り空だったのに、いつの間にやら白い粉雪がハラハラと空に舞っている。こんな寒い日にいったい誰がわざわざ誕生日パーティーなんて企画したのか。きっと、ヘザー本人が誰かの尻を叩いて用意させたのだろう。
「ヴィンセント!」
「……どうしましたか?」
向けた視線の先で、ヘザーは満面の笑みを浮かべていた。
コスプレなのか、尻尾が生えた悪魔みたいな服を着ている。彼女が十分大人と言える年齢になっても、こうして自分の誕生日を楽しめているのはめでたいことだ。
「写真を撮りましょうよ。ねぇ、良いでしょう?」
「すみません、あまり得意ではなくて…」
「はいはい。笑って笑ってー!」
フラッシュが光って、まもなくベロンと手のひら大の大きさのボヤけた写真が放出された。撮ったらすぐ出てくるなんて昔の人が知ったらびっくりするだろうに。
「今日の夜は空いてる?」
「いいえ、ごめんなさい」
「私は今日お誕生日なの。分かってるわよね?」
「外せない予定があるので……」
のし掛かるヘザーの胸の圧に屈しないように、左手でガードしながら僕は助けを求める相手を探す。
ゴーダは今日は居ない。一週間常温で放置した肉を焼いて食べたところ、腹を下したらしい。ウルとベルは雑用を押し付けられたのか、紙皿を片手に走り回っている。ニックもどこに行ったのか見当たらない。
本格的に困り始めた僕の後ろで、部屋のドアが開かれた。
顔を向けると、アル・パレルモが頭の上に大きなパーティー帽子を被って立っていた。このめでたい日でも相変わらずサングラスを外す気はないようで、彼の視界はさぞ暗いはずだ。
「ヘザー、誕生日を楽しんでるか?」
「もちろんよ!パパ」
「それは良かった。どうだ?今日はヴィンセントの家に呼ばれてみたら。良いワインがあるらしいぞ」
「え!そうなの……!?」
「ボス、僕は下戸です。冗談はやめてください」
乾いた声でひとしきり笑って、アルは僕を見た。
「お?右手の傷は治ったか?」
「………おかげさまで」
忙しくて滅多に顔を出さないこの男が、自分の怪我について知っていたことに驚いた。包帯はもうとっくに取れていて、今じゃ何の問題もない。
僕はまた面倒ごとを押し付けられるのは懲り懲りだったので、タイミングを見計らって席を立った。とりあえず胃袋だけ満たして適当に帰ろうと思っていた。
「ヴィンセント、少し待ってくれ」
しかし、みんなの良き父親であるアルは僕のつれない態度が許せないらしい。僕は振り返ってサングラスの下に隠された見えない目を見つめる。
「無理にとは言わないが…たまには可愛い娘と遊んでやってくれないか?」
「そうですね。でも、今日は大事な予定がある」
「ヘザーよりも?」
「………比べられるものではありません」
そう言って笑顔を見せるが、アルは納得していないようだ。
こういうネチっこさで彼は這い上がって来たんだろう。
「お前、今はどこに住んでるんだ?」
「…………、」
「ヴィンセント…お前は、もしかして…」
「前と一緒です。崩れそうなボロアパートの一室です。鼠が出るので、ヘザーお嬢様はきっと来ない方が良い」
ヒッと悲鳴を上げてヘザーが震え上がるのを確認して、僕は「失礼します」と付け加えて部屋を出た。適当に時間を潰して、頃合になったら挨拶だけして帰ろう。
今日はジュディと家で映画を観る予定なので、僕は絶対に遅れることが出来ない。
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