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第二章 ジュディ・マックイーン
30.迷惑な片想い◆ヴィンセント視点
しおりを挟む「おいおいどうした?母ちゃんでも死んだか?」
とんでもないブラックジョークを投げ付けるゴーダを僕は見上げる。今日も彼のジャケットの内側には、死んだ母親の名前が入ったナイフが納まっているのだろう。
「母親はとっくに死んでるし、お前の声はデカいよ」
「すまんな!俺はお前と違って陽気な男なんだ」
「うるせぇな。一人にしてくれ」
「この大荷物はなんだ?旅行か?」
分かってるくせにそんなことを聞く。
僕は足元に転がしたトランクを蹴った。
「家を出て来たんだ。俺は迷惑なんだってさ」
「お前さては猿になったな?」
「あ?」
「ケダモノになって襲っちまったんだろう?まぁ、かなり良い女だったもんな。お前の気持ちも分かるよ」
「………お前、彼女に会ったのか?」
ピリついた空気を察してか、ゴーダは慌てたように手を胸の前でバタバタさせた。彼がジュディと会ったということはつまり、彼女は僕の言葉に従わなかったのだ。べつに良いけれど、それぐらいの信頼だったのだろう。
迷惑だと強く拒否するジュディの姿が浮かんだ。
私たちの家、彼女はたしかにそう表現した。
「悪かった!見てみたかったんだ、お前をこれほど惚れさせるその女がどんなもんなのか。あの変な茶はなんだ?」
それから暫くゴーダはジュディに出されたというその赤い茶に関する感想を述べていたけれど、僕の頭にはほとんど入って来なかった。
僕はただ、自分が完全に間違えたということを今では理解していた。そして、可能性など初めからゼロに等しかったのだと。およそ人生の四半期ほどの期間を掛けた片想いは「迷惑」という言葉に散った。
「なぁ、ゴーダ」
「おん?」
「お前がいつも飲んでるそのクソ不味い薄い珈琲だけど、その豆が買えなくなったらどうする?」
「失礼なヤツだな、これは結構高いんだぞ。買えなくなったら俺はまた同じようなのを探すだけだ」
「そうか……」
思い出すのは、かつてジュディは僕に語った例え話。「毎日食べていたパンが急に食べれなくなったらパンが恋しくなる」という話を彼女はしてくれた。そして、それは自分の夫に関する今の気持ちなのだと。
「僕にとっては、同じようなものじゃダメだ」
「じゃあ違う嗜好品を探すのか?」
「ん、そういう意味じゃなくて……」
「ヴィンセント…お前バカだよ」
「そうだな、大馬鹿だ。僕は先生じゃなきゃ嫌だ」
「おい!」
立ち上がって、部屋から出て行こうとする僕の背中をゴーダの声が追い掛けて来る。
「今からミーティングだぞ!ボスがもう来てる!」
「腹が痛いから休むって伝えてくれ」
「俺はお前の伝言係じゃねぇぞ!!」
「ありがとうゴーダ、愛してる」
「おいコラ!待て……!」
待てと言いながら、力づくで止めないあたりが彼の優しさだと思う。僕は廊下を蹴りながら少し笑った。
ジュディはきっとまだ家に居るはずだ。
先ずは謝罪。顔も見たくないと拒絶されるかもしれないから、電話にするべきだろうか。玄関扉越しにツラツラと懺悔の気持ちを伝えて、関係を再構築することが可能か確認する。
それでまた拒否されたら?
そうなっても、僕はたぶん諦められないだろうけど。
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