【完結】喪服の娼婦がその愛を知るまで

おのまとぺ

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第二章 ジュディ・マックイーン

25.白い紙◆ヴィンセント視点

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 その馬鹿でかい屋敷に招待されたのは初めてではなかった。

 ヘザー・パレルモを自分の娘として紹介した時の、ボスの顔を僕は思い出してみる。彼は立派な父親の顔をしていた。娘に対しては口出し出来ない、よくいる甘々な父親だ。

 ピンクを基調とした部屋に通されて、丸いテーブルの上にはミルクがやや多く投入された紅茶が置かれていた。


「ヴィンセント!お待たせしたかしら?」
「いいえ。今来たところです」

 艶やかな金髪をふわふわと靡かせて、少女趣味なドレスを着た女が部屋に入って来た。年齢に対してやや幼い印象を受けるけれど、彼女が実際は僕より一つ年上であることは情報として得ている。

「冷めてしまうわ、飲まないの?」

 ヘザーは僕の前に置かれたティーカップを指差した。

「すみません。実はここに来る前にカフェで人と会う予定がありまして、珈琲を飲むすぎたので今日は遠慮します」
「あら、それは残念ね。相手は誰なの?」
「だいぶ前に稼ぎ口を紹介した女です。なんでもパレルモの管轄する店を辞めたいって相談で、」
「まぁまぁ!恩知らずなアバズレも居たものね」

 大袈裟に驚いた顔を作って、ヘザーはカップの中の紅茶をカーペットの上にぶち撒けた。飲まなくて正解だったと思う。不透明な液体の中に、何が混ざっていたか分からない。

 招かれた先で出された飲み物を飲むな、というのはファミリーに入ってすぐにゴーダから受けたアドバイスで、僕の教育係だった彼はかつてハニートラップに掛かって一緒に酒を飲んだ相手が敵国のスパイであり、酒に混ざっていた劇薬で一週間生死を彷徨ったと教えてくれた。おそらく多少、話は盛られていると思うけれど、事実なのだろう。

「そういえば。ねぇ、ヴィンセント…私はもうすぐ二十四になるの」
「……おめでとうございます」
「貴方からもプレゼントが欲しいわ」
「生憎ですが僕の給料じゃ大きなダイヤの指輪なんかは買えませんよ。申し訳ないです」
「違うの、お金じゃないのよ。分かっているでしょう?」
「………さぁ。僕は愚鈍な男なので…」

 言いながら窓の外に目をやると、ヘザーは痺れを切らしたように僕の肩を掴んだ。父親に似た強気な顔立ちだけど、なかなかの美人だとは思う。きっと、本人もそれを自覚しているんだろう。

「私が欲しいのは白い紙よ、ヴィンセント」
「紙ですか?ヘザーお嬢様は変わった趣味をお持ちで…」
「皆まで言わせないでくれる!?結婚してほしいの!父からも何度も話は行ってると思うけど、パレルモの将来を担う貴方が私と結婚するのは、貴方にとってもメリットしかないはずよ……!」

 燃え上がるような青い目を見て僕は閉口した。

 炎は赤い部分より青い部分の方が温度が高いと聞いたことがあるけれど、それで言うとたぶんヘザーの瞳は火傷級だ。僕は自分がその双眼に焼き尽くされてしまわないように、目を逸らした。

「パレルモの将来の担い手なら、僕以外にも適任はいくらだって居ます。ゴーダだって独身ですよ」

 どうですか?と聞ける雰囲気では無かったので、そのまま口を噤む。久方振りに呼び出されたので何事かと思っていたけれど、またこういった話だ。

 ボスであるアル・パレルモの娘がどうして自分に興味を持つのか分からなかった。強いて言うならば、一度だけ間違いで関係を持ったことがある。だけど、それは本当に完全な間違いで、街中で誘われたのでノコノコ付いて行ったらまさかのアルの娘だったのだ。

 知っていたら行為に及ばなかったと言えば、きっと僕はアホほど殴られて、明日の朝には綺麗な海の上に浮かんでいることだろう。


「ヴィンセント……貴方って本当に悪い犬」

 椅子に座る僕の上にヘザーが跨がる。
 僕は従順な犬の真似をして、目を閉じた。

 グロスでベタついた唇が押し付けられるのを感じながら、頭の中ではジュディのことを思い出していた。覚えていないフリをしたのは最低だっただろうか。

 今だって僕は十分、最低なんだろうけど。

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