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第二章 ジュディ・マックイーン
23.宝石の意味
しおりを挟む「最近、いつもそれを付けてるね。気に入ってるの?」
何度目かに指名してくれた若い男はそう言って首を傾げる。私は自分の首元に手をやって、彼の質問がパールのネックレスに関するものだと理解した。
「………そうね、重たくないから」
「まさか男からのプレゼント?」
「そんなんじゃないわ」
「なら良かった。男に贈られたネックレスなんて首輪みたいなもんだからね。違ってホッとしたよ」
私は動揺する心を抑えるように目を閉じる。
「宝石言葉って知ってるかい?」
「宝石言葉?」
「花言葉みたいなもんだ。真珠は愛情を象徴する宝石で、愛する人を繋ぎ止めるって意味を持つ」
「……随分と詳しいのね」
「別れた彼女にプレゼントしたことがあるんだ。俺は真剣に選んだつもりだったけど、意味を知ったら重すぎるだってさ」
軽いよりは良いと思うけどな、と伸びをしながら言う背中を私はぼんやりと眺めた。アカデミーを卒業したばかりだと言う彼は、きっとヴィンセントより少し若い。
真珠は決して珍しい宝石ではないし、色が付いていない分、いろいろな場面で使えて便利だ。主張も少ないし、合わせやすい。きっとヴィンセントはそんな理由でこの宝石を選んだのだ。私に配慮して、彼の優しさで。
客足は途絶えて、雨が本格的に激しさを増してきたので、店長は予定のない女たちに帰るよう指示を出した。予約が入っていなかった私は大人しくその指示に従った。
(こんな時間に帰るの久しぶり、)
まだ日付が変わっていない。
私は開いている店で小さなオレンジリキュールの瓶を買って、帰り道を急いだ。なんだか今日は本でも読みながらお酒をちびちび飲みたい気分だった。内容なんか入って来なくても良いから、何かに没頭したかった。
誰も居ない真っ暗なリビングで、ソファに沈み込む。ナッツが入った袋はどこに置いただろう。確か戸棚のどこかに仕舞い込んでいたはず、とのろりと腰を上げたところで、廊下につながるドアが開いた。
振り返ると雨に濡れたヴィンセントが立っている。
ギョッとして、タオルを片手に歩み寄った。
「どうしたの?外に出てたの!?」
「………すみません、同僚と会ってて」
「良いのよ。外出はぜんぜん良いんだけど、雨がひどかったのね。中に入って、お風呂を準備するから待ってて…」
濡れた大型犬をソファに座らせて、浴室へ向かおうとした私の腕が強く引かれた。
「どうしたの?」
「先生も濡れてますよ」
「私は良いのよ。貴方の方がよっぽど、」
「一緒に入りますか、お風呂」
「え?」
驚いて、私はマジマジとヴィンセントの顔を見る。
水滴が落ちる前髪の向こうで表情は読めない。
揶揄われたのだと判断して、掴まれた手を振り解いて私は廊下へ出た。冷たい木の板の上を歩きながら、彼にも年相応の冗談が言えるのだと感心する。
ジャバジャバと勢い良く流れ出る水が湯に変わったのを確認して、私はその場を後にする。
リビングに戻ると、ヴィンセントはまだソファに座っていた。話し掛ける言葉を見つけられず、とりあえずマグカップを二つ取り出してミルクを注ぐ。有能な電子レンジが温めたそれらを手に持って、ソファに近付いた。
「……どこか、具合悪い?」
「いえ。大丈夫です」
「そう…?」
床に膝を付いたまま、私はヴィンセントを見上げる。
「久しぶりに、お酒を飲んだんです」
「あら、珍しいわね」
「気分が良くて、頭がふわふわします」
「それって酔っ払ってるのよ」
相変わらず少しズレた表現をするヴィンセントが可愛らしくて、私は笑った。ツボに入って笑い転げる私の両手を、大きな手が包み込む。六年ほど私の方が長く生きているはずなのに、自分よりも大きく成長した手を不思議に思った。
「そうですね、僕はたぶん酔ってるんだと思います」
「自覚がないなんて、ふふっ。変わってるわね」
「ジュディ先生…キスして良いですか?」
返事をするより前に柔らかなものが重なった。
私の口を塞ぐそれが彼の唇だと気付くまでに、随分と時間が掛かった。なにせ、私の思考回路はしばらく停止していたから。
何度か角度を変えて口付けを繰り返すと、床に手を突いて息を吸う私に向かって「おやすみなさい」と言い残してヴィンセントは部屋を去った。
私は、というと。
床の上に置かれた二つのマグカップを見つめたまま、根が生えたようにその場から動くことが出来なかった。出しっ放しの湯のことを思い出して、浴室へ向かった頃には、とうにお湯は浴槽から溢れ出していた。
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