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第二章 ジュディ・マックイーン
20.言い訳◆ヴィンセント視点
しおりを挟む僕は、たぶん嘘が下手くそだと思う。
夜中にキッチンを探っていた時、ジュディと鉢合わせた。まさか彼女があんな時間まで起きていると思わなかったし、僕は咄嗟に自分の怪我の原因を「階段から落ちた」と誤魔化した。彼女の反応からするに、おそらく疑ってはないと思うけど、仕事のことがバレたら何もかも終わりなのでどうしてもヒヤヒヤしてしまう。
「おー、ヴィンセント早いな!」
出会い頭に肩にグーパンをかましてきたゴーダを僕は睨み返す。彼はこの怪我の原因を知っているはずなのに。
「お前の機嫌が絶好調だからって僕も同じだと思うなよ。だいたい僕はショットガンなんて嫌いなんだ」
「ぶはっ!お前また跡が残ったのか!」
「ゴーダみたいに象の皮だったら良かったんだけど」
「誰が象だ、オイ!」
同じ一発、同じ命だとしてもショットガンは重たいしうるさい。僕は出来るだけそうした仕事の時は身軽で居たいし、あんな狩猟に行くみたいなデカブツを持ち運びたくない。
いつもは大物の運搬はゴーダの仕事なのに、昨日は寝坊した彼の代わりに僕が駆り出された。おかげでこのザマ、右肩の上には赤い痣が残っている。当て布でもしておけば良かったのだろうか。面倒くさい。
「ジュディに見られたよ」
「ジュディ…?お前が入れ上げてるマックイーンの妻か」
「もう妻じゃないって何度言えば分かるんだボケ」
「まだ離婚してないんだろう?妻と言える」
「死人相手に婚姻関係なんか認められるかよ。冥婚でも無いんだだし、夫婦関係は無効だよ」
「相変わらず狂った愛だな~」
口笛を吹いてゴーダはナイフの手入れに入る。
鞘に入った女性の名前は彼の母親らしい。子供の頃に母を殺した強盗を、ゴーダは大人になってから探し出して滅多刺しにした。その相手が持っていた刃物をこうして愛用している彼の方こそ狂人なのではないか。
僕は浮かんだ考えを口には出さずに飲み込んだ。
「健気な女だな。夫の借金のために娼館でお勤めなんざ。普通は死体のない時点で疑うだろ。借金だって信じるか?」
「その赤子みたいな純粋な心がジュディの長所であり短所なんだ。彼女たぶん、僕が銀行員か何かだと思ってる」
「はぁ?なんでまた?」
「昨日の夜に会った時、グリオンの為替相場が上がるかどうかって聞いてきた。貴方なら詳しいと思って、だってさ」
「マジかよ」
グリオンというのはノルン帝国の通貨単位だ。
この数年国内の著しい経済成長もあり、帝国は周辺の国の中でも群を抜いて強国となっていた。
ジュディ自身が海外旅行や貿易なんかに興味があるとは思えないから、きっと彼女の客に聞かれたのだろう。グリオンの相場が上がれば国内の物価が下がり、貧富の格差が拡がる。そんな聞きかじった知識が本当なのか知りたい気持ちはあったけれど、残念ながら僕は銀行員ではないし、学もない。
分かっているのは、この先我が国の経済がどう転がってもジュディが抱える借金は無くならない。それがトリニティのやり口なのだ。彼らは決まった金額をあらかじめ借用人に伝えて、いざ耳を揃えて金が返ってきたら「利子を返せ」と騒ぎ出す。トリニティに限らず、それは悪質な金貸しの中で横行している手法なのだろうけど。
「なぁ、僕がトリニティの頭を取ったらジュディは解放されると思うか?」
「………悪いが聞かなかったことにする」
「冗談だよ。さすがにそこまで考え無しじゃない」
血を分けた三兄弟が始めたとされるトリニティ・ファミリー。僕が彼らに一人で立ち向かったとして、おそらく三人のうち一人も殺せずに無駄死にする。
無駄死には良くない。
どうせ死ぬなら、彼女のために。
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