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第二章 ジュディ・マックイーン
16.喪服を着た娼婦
しおりを挟む娼館へ出掛ける時も家で過ごす休日も、黒い服を選んで着る私に向かってヴィンセントはその理由を問うた。私は亡き夫への弔いだと答えた。嘘ではない。
そうすることで、自分の気持ちは少し落ち着いた。
周囲からは夫の死に心が囚われたままの未亡人に見えるだろうし、私自身も形容しがたいこのどんよりした気持ちをその服の中に隠すことが出来るから。
何も聞かないでほしい。
どうか、私に構わないで。
今日は三人の男たちを相手にした。
教鞭を振るっていた自分のこんな姿など、かつての教え子に知られたらどうなるか。夜中に出掛ける理由が思い付かなくてヴィンセントには素直に伝えたけれど、彼とて軽蔑と哀れみを抱いているはずだ。
「………考えごとか、ジュディ?」
「いいえ。気持ち良くて目を閉じてたの」
「ほう、お目は本当に良い女だ。男の喜ばせ方を心得ている。最近の女は気が強くてやれんよ」
「そうかしら?ビジュー子爵に好かれたくて、わざと強気な態度を見せているのかもしれないわ」
「だと良いがな。お前を見習ってほしいところだ」
やれやれと首を振る中年の男に笑顔を返す。
彼が勘違いするのも無理はない。だって、私はそういう女を演じているのだから。彼らが自分は私よりも優位に立っていると思えるように、恭しい態度を取る。征服した末に「この女は完全に自分のものだ」と思わせるために、赦しの微笑みを向ける。
それで信じてくれるなら、何て浅いことだろう。
ツルツルの脳みそを私は今日も愛の言葉で溶かす。
「ねぇ…子爵様、また会いに来てね」
「ああ、もちろんだ。妻と別れて君を正妻に迎えたいぐらいだよ。聞いた話じゃ君は夫を亡くしたとか…?」
「そうよ。だからもう少し喪に服していたいの」
私は自分が着た黒い下着を指差す。
馬鹿らしいこの仮装も、面倒な求愛を避けるために役立つ。未亡人というのは便利な設定だと思う。私がフリーならきっと「恋人は?」とかなんとか面倒な探りが入るのだろうけれど、夫を亡くしてすぐの可哀想な女だと分かると、彼らは皆揃ってどこか安心したような顔を見せる。
今すぐ手には入らない。
だが、きっといつかは……
そんな期待を滲ませた表情を何度も目にした。好きに考えてくれて良いし、どんな未来を描いてくれても自由だ。そうして会いに来てくれるならば、どうぞお好きに。
乱暴に胸を揉みしだく皺のよった手を視界に入れたくなくて、私は再び適切な大きさの声を漏らしながら目を閉じた。ベンシモンはもう居ないのに、私は今日も誰かに支配されている。あの家に帰れば自由なのに、何故か一人ではない。
どうして私はヴィンセントの提案を受け入れたのか。
彼の不安そうな顔に私はきっと弱い。捨てられた犬とか猫の箱の前で立ち止まってしまうようなもの。連れ帰っても世話が出来るか分からないのに、その場から動けなくなる。
しかも、ヴィンセント・アーガイルは犬猫じゃない。今となってはもう、私が守るべき対象だった生徒でもない。五年もの月日が流れたのだから、彼は二十三歳になっているはずだ。
おそらく世間一般の「常識」を当てはめれば、妙齢の男女二人が同じ屋根の下で暮らしているのは宜しくないのだろう。でも彼は私を頼って来ている元教え子だし、私は夫を亡くしたばかりの未亡人だ。
私たちの間に何かが起こる可能性は無に等しい。
実際、ヴィンセントは私に家族的な愛情は持っていても恋愛的なネチネチした愛は向けて来ないし、娼館の男たちのように消費するモノとして私を値踏みしたりもしない。
洗濯物だって各自自分で回しているし、お風呂や寝室だって鍵が掛かる。その前にそもそも、かつての師である自分をそういった相手として考えるはずがない。自惚れにしてもタチが悪いと思えて、私は思わず溜め息を吐いた。
「はぁ、ジュディ……そんなに良かったかい?」
「……ええ、とっても。変になりそうだわ」
「はっは!嬉しいことを言う」
グイッと脚を引き寄せられて、一方的な行為はより激しさを増す。私は男の肩越しに見える天井の模様を眺めながら、明日の予定に思いを馳せた。
明日は常連になりつつある初老の男爵と食事に出掛けることになっている。すでに他界した彼の妻の代わりに彼の誕生日を祝う予定なのだ。店を通しての申し出だから、きっと何処かのホテルで私たちは関係を持つのだろう。
誰にも近寄ってほしくない。
だけど、擦り減る心を誰かに埋めてほしくて堪らない。
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