【完結】喪服の娼婦がその愛を知るまで

おのまとぺ

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第二章 ジュディ・マックイーン

13.未亡人

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 無言電話に脅しのような文言が書かれた差出人不明の手紙が加わり、いよいよ私の神経を痛め付け始めた頃、夫が死んだ。

 それはあまりにも突然の別れだった。

 夕方のニュースを見ながら私は小鍋の中でミルクを沸騰させていて、夕食をどうしようかと考えていた。シチューは先週作ったし、煮込めるような肉も家にない。ぼんやりと思案していたら、玄関の扉が開いた音がした。

 開いた、というよりも「無理矢理に押し入られた」と表現した方が正しい。何事かとびっくりしている内に、ドスドスという足音と共に数人の男たちがキッチンに入って来た。

 その男たちが普通の人間ではないとすぐに分かった。仕立ての良いスーツを着て、アイロンのかかった綺麗なシャツを着ているけれど、纏う空気は一般的なそれとは異なる。

 つまり、おそらく何らかの犯罪に手を染めたことがある人間たちの集まりだ。戸棚から包丁を取り出すべきかと手を掛けた私に、先頭に立つ男は「止めておけ」と命じた。彼は私の心の中が読めるのかと私はドキドキする。


「ベンシモン・マックイーンが死んだ」

 男が発した言葉は、何かの記号みたいだった。
 私は理解出来ずに首を傾げる。

 鈍い女だと思ったのか、その長髪の男は私の目を見て同じ言葉を繰り返した。私はその一言一句を、頭の中で並べてみる。子供の頃に苦手だった苦い野菜を口の中で咀嚼するように、私は何度もその言葉を噛み締める。

(ベンシモンが…死んだですって……?)

 どうして、とか何故よりも先に浮かんだのは「本当に?」という疑問。夫は昨日の夜帰宅しなかった。それは珍しくない話で、ここのところ毎日帰ってくる週の方が少ないぐらいだった。突っ込んで聞いたところでベンシモンはきっと嫌がるだろうし、「君が聞いてどうする」と責められれば私は何も答えることが出来ない。

 私が混乱していると思ったようで、男たちは若干の気遣いを見せて、私に座るように促した。

 自分の家の椅子に促されて座るのも変な話だけど、私は言われた通りに腰を下ろした。正方形のテーブルに向かい合うように設置された二脚の椅子。この反対側はもう、永遠に空席になると、そう彼らは言っているのだろうか。


「事故死だそうだ。列車に轢かれたと報告を受けたが、アンタの耳にはまだ届いてないみたいだな」
「……知りません、そんな嘘みたいな…」
「まぁ、なんだって良いさ。悪いがベンシモンには借金がある。俺たちがここに来た意味が分かるか?」

 そう言って値踏みするように男は私の身体を見下ろした。
 さてどういうことかしら、とシラを切るには私は冷静すぎたと思う。自分でも驚くほど私は取り乱していなかった。それどころか、心の中は凪いでいた。

 もうベンシモンはこの家に帰って来ない。
 その事実に、喜びすら感じる自分が居たことを認める。

 男たちは早速私を働かせるつもりらしく、車に乗るように指示を出した。玄関から出ると、なるほど、ベッタリとした黒塗りの高級車が家の前に停まっている。ここが市街地だったら噂話の的になってしまいそうだ。

 車は静かに走り出して、私は窓の外を眺めながらジュディ・マックイーンとしての人生が僅かに色付く気配を感じていた。

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