【完結】喪服の娼婦がその愛を知るまで

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
14 / 94
第二章 ジュディ・マックイーン

12.夫婦

しおりを挟む


 機械的な生活を送る夫との夜の営みは、これまた事務的に行われた。

 毎週木曜日、夫は眠る私のベッドの傍に立つ。
 それは合図のようなもので、言葉はなくても行為は勝手に始まった。内容は至ってノーマルなので、始まりこそ気味は悪いけれど異常と言うほどではないと思っていた。

 毎週一回が、結婚して半年足らずで月に一回に変わった。彼が進んでそうした行為に及んでいるのではないことは、薄々気付いていた。夫という立場にあるので仕方なくその責務を果たす、といった風にベンシモンは私と身体を重ねた。

 一緒に居る月日が長くなるにつれ、私は徐々に期待というものを失っていった。たぶん、こういうものなのだろうと現状を受け入れることにしたから。指先が触れ合っただけで顔を赤らめるとか、キスする度にドキドキするのはきっと付き合いたてのカップルぐらいで、家庭を持ったら皆こういった無機質な関係にシフトするのだ。

 そう思うことで、心は少しだけ楽になった。


「ねぇ、今日何度か無言電話があったの。何かしら?」
「……そんなの僕が知るわけないだろう」
「そうよね。ただ、気持ち悪くて…」
「僕に原因があると言いたいのか?付き纏われるような悪行を僕が働いていると?」
「そこまで言っていないわ!」
「疲れて帰って来たのに君はそういう物言いをするんだな。ああ、もう興醒めだ。外へ出て来る」
「ベンシモン……!」

 結婚して三年目に入った頃、夫は妙に帰りが遅くなり出して、同時に頻繁に無言電話が入るようになった。取らなければ鳴り続けるのに、取ったら何も喋らない。

 部屋の中で鳴り響くベルは私に恐怖を植え付けた。
 コードを切って、音が鳴らないようにしていたら、運悪く夫の仕事関係の電話が掛かっていたようで、その時も彼はひどく機嫌を悪くした。

 私は、自分の望んだこうした結婚生活が、じわじわと自分の首を絞めているような気がしていた。安定した生活の中で自由を手に入れたと思っていたのに、実際のところ、この生活のなんと息苦しいことか。

(………生徒たちは、どうしてるかしら?)

 私が受け持った子供たちは今頃きっと成人しているだろう。皆それぞれの道を見付けて、歩み出しているはずだ。三十人足らずの彼らの顔は、もうぼんやりとしか思い出せない。

 張り切り屋さんの委員長はきっと就職してもリーダーシップを発揮できると思う。成績は優秀だったけれど家が貧しかった女の子は彼女が希望していた研究職へ進めただろうか。それから、それから。

 ああ、私はきっとあの仕事が好きだった。
 何でもない日々を共に過ごした生徒たち。


 そうだ、私に「本当の恋を知っているか」と尋ねたのは、あの黒い癖毛の男の子だった。ヴィンセント・アーガイルという名前が頭にふわふわと浮かび上がる。

 ヴィンセントは整った顔立ちをしていたけれど、学校にはあまり姿を見せず、どこかいつも寂しげな表情をしていた。もしくは学校という場所に退屈していたのかもしれない。でも、滅多に登校して来ないヴィンセントが、何度か見せた笑顔を私は何故かよく記憶している。

 笑ったら、彼は犬のような愛らしさを見せるのだ。

 少し尖った犬歯が覗いて、目尻が下がる。
 普段の彼は無表情であまり友好的な態度ではなかったから、そうした笑顔は特別に思えた。彼もまた、他の生徒たちと同様に自分の夢の上に立っているのだろうか。

 私が取った愚行を、どうか思い返したりしていませんように。適切な判断を下さずに、中途半端な優しさを見せることで私は彼を守った気になっていた。卒業を目前にした彼に停学を言い渡すことが申し訳なくて。

 いいえ、本当は面倒ごとを避けたかったから。
 私が守ったのは「問題のないクラスを受け持つ」教師としての体面だ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

処理中です...