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第二章 ジュディ・マックイーン
10.二種類の人間
しおりを挟む人間にはきっと、二種類のタイプがある。
流されるままに生きるタイプ。
抗うことを試みるタイプ。
私はきっと前者。何も考えずに入ったアカデミーで、ただ親のアドバイスに従って教員の資格を取った。他に興味のあるものも無かったし、べつに人生を懸けて叶えたい夢なんてものもなかった。
適当に綺麗事を言っておけば目をキラキラさせて付いて来てくれる、それぐらいの軽い気持ちで教師になった。
現実はお察しの通りで、子供と言うには熟しすぎた彼らを手懐けるのは簡単ではなかった。ならば、お得意の芸を披露するだけ。私は他の教員たちの空気を読んで、受け持ったクラスの生徒たちの機嫌を伺って過ごした。
そうすれば、息はしやすかった。
若かったが故か、生徒は私に親近感を覚えてくれ、教師というよりも友達のような感覚で接してきた。他の教師がどう思うかは知らないけれど、問題さえ起こさないでくれるならば別になんでも良かった。
そう、問題さえ起こさなければ。
「………え?」
課題の丸付けを終えて、職員室に帰っている途中だったと思う。使われていないはずの教室の扉が僅かに空いていて、どういうわけか変な正義感が発動した私は手を伸ばした。鍵を掛け忘れたのではないかと思ったから。
しかし、目に入ったのは衝撃的な光景だった。
見るからに派手な女子生徒が両脚を大きく開いて、黒髪の男子生徒を受け入れていた。或いは受け入れた後だったのかもしれない。マジマジと見続けるわけにもいかず、私は目を逸らしたし、女の子の方もすぐに教室を出て行ったから、彼らが実際にどこまでコトに及んでいたのかは分からない。
問題は、残された男子生徒だった。
「ヴィ…ヴィンセントくん?」
「あーーこれは、」
癖のある黒髪には見覚えがある。それは滅多に授業に顔を出さないヴィンセント・アーガイルという名の生徒で、彼は自分のクラスの教え子だったのだ。
停学、三者面談、学長への報告、と想定される様々なイベントが脳裏を通り過ぎる中、私は横目で立ち尽くすヴィンセントを見た。伏し目がちな赤い瞳が不安そうに揺れるのが見て取れた。
「………今まで…辛かったでしょう?」
気付けば、場違いな慰めの言葉が口から飛び出していた。
ヴィンセントも驚いたような反応をするから、私は咄嗟に彼が脅されて無理矢理にそういった行為に応じたのではないかという希望に近い仮説をベラベラと述べる。
滑稽な教師だと思っただろう。
でも、べつにそれで良い。
軽蔑してくれても、間抜けな女だと見下してくれても良いから。私はなんとかしてこの場を丸く収めたかった。一番良いのは何も見なかったことにして、颯爽と部屋を去ることだけれど、まがいなりにも教育する立場にあるので逃げることは出来ない。
自分が行なっているのも、或る種の逃げなのだけど。
「………すみません、僕、断れなくて…」
「怖かったわね。もう大丈夫だから…」
断れないことなんてあるのかしら?
そういった疑問が泡のように浮かんで来たが、私はどんよりとした真実には蓋をして、目を逸らした。代わりに「可哀想な男子生徒」を演じるヴィンセントを共犯と見做し、精一杯の愛を込めて抱き締めた。
どうか、どうかこれ以上は問題を起こさないで。
私は貴方の味方になるから、お願い。
そんな気持ちを込めて、回した手に力を込める。自分より広い背中や女性とは異なる身体付きに驚きながら。子供相手の仕事だと思っていたけれど、いつの間にか彼らは大人に近い存在に成長していたようだ。
この時の抱擁が、場の雰囲気に流されて起こった出来事なのか、それとも自分の誤った判断が生んだものなのかは未だに分からない。
だけど、これがきっかけで、ヴィンセント・アーガイルという大海原に自分が放り込まれるとは私は微塵も思わなかったのだ。愛と呼ぶには歪な、その執着心がまさか私に向くなんて、露ほども、まったく。
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