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第一章 ヴィンセント・アーガイル

03.火曜日 後編

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 思い出すのは、彼女が着ていた純白のドレス。

 両手に色鮮やかな花束を持って、ジュディ・フォレストは微笑んでいた。結婚したのだから彼女の姓はマックイーンになるのだが、僕が頭の中で彼女の名前を呼ぶときはずっと旧姓のフォレストで呼ぶようにしている。

 あの醜い豚のようなベンシモンの姓を、彼女の気高い名前にくっ付けることは想像上でも吐き気がした。

 豚小屋から成り上がったベンシモン・マックイーン。温厚な丸い顔に同じく丸い眼鏡を掛けて、不動産業を営む彼を信頼する声は数多い。たしかジュディよりも二つか三つ年上だったと思うけれど、どうせならグンと年の離れた老人と結婚してくれた方が僕は良かった。

 だって、そうすればその男は早く死ぬ。
 この先何十年も彼らが連れ添うと思うと気が狂いそうだ。

 新婚の幸せそうなジュディとベンシモンを見て僕が思ったのはそんなこと。まったくもって場違いな参列者として、僕は新郎の不幸を願いながらその場に居た。教会の鐘の音が鳴り響く中、ただ一心に、花嫁の姿だけを目に焼き付けた。


「………君は、」
「覚えてませんか?ジュディ先生が受け持っていたクラスの生徒です。ヴィンセントって名前なんですけど」
「ああ…ジュディが君の話をしていたのは覚えている。しかし、君は…クラスで浮いていて…虐められてたはずじゃ、」
「あ、そうそう、それです。虐められっ子の可哀想なヴィンセント・アーガイルです」

 隣でゴーダが噴き出すのが見えた。
 僕は腹が立ってそちらを睨む。

「ベンシモンさん、不動産の次は違法風俗ですか。なかなかヤリ手ですねぇ。先生もこのこと知ってるのかな?」
「や…やめてくれ!ジュディは知らないんだ!」
「ですよね。どうします?」
「金か!?いくら出せば良い!?もうこの仕事からは手を引く、女の子たちも家へ返すから、どうか……!」
「どうか、なんですか?」
「え?」
「まさか助けて貰えるとか思ってたりします?ベンシモンさんって愉快な方ですね。ジュディ先生と結婚して彼女の身体を汚した時点で貴方の死刑は確定ですよ」
「………は?」

 すっとぼけた顔がムカついたので一発殴った。
 ジュディ・フォレストという女神と結婚したのに、違法の風俗を営んで未成年の子供に売春をさせた悪魔。ベンシモンは切れた口から血を流しながら、床に這いつくばって土下座する。

 おいおい、とゴーダが仲介に入って来ようとしたので手を上げて制止した。

「僕はね、先生のことが大好きなんです」
「何を…君は、君はただの生徒だろう!?」
「そうですね。ジュディ先生にとって僕は取るに足らない元教え子の一人。でも、僕にとっては違う」
「………?」
「愛してるんです。一人の女としてね」

 静まり返った部屋には、啜り泣く少女の声だけが響く。気を利かせたウルとベルの兄弟が少女を保護して外へ連れ出してくれた。顧客名簿と雇っていた少女たちの情報も、この部屋の何処かにあるのだろうか。資金繰りがどうなっていたのかも知りたいところ。

「死ぬ前に教えてくれませんか?」
「………っ君は僕を殺す気で、」
「今までに何回キスしました?」
「え?」
「避妊はしてましたか?先生はずっと子供は居ませんよね。貴方たちが引越したから暫く会ってないけど、そんな噂は聞いていませんし。ボスも夫婦二人暮らしと言ってたので」

 話し続ける僕の隣でゴーダが大きく息を吐いた。

 彼らの身辺調査をしたのはゴーダらしい。本当は僕が引き受けたかったところだけど、覗きに行った先で幸せそうにベンシモンに笑い掛ける先生の姿を見たら、たぶん僕は理性を失ってしまうから適任ではない。

「あんなに最高の女を嫁に貰っておいて、こんなクソみたいなビジネスに手を出す人間も居るんですね。勉強になるなぁ」
「ジュディが目的なのか!?分かった……お前にやろう!僕は死んだと伝えてくれ、だからこの場は見逃してほしい!」
「え、貴方のものじゃありませんよね?」

 びっくりして思わず銃の引き金を引いてしまった。
 肩を貫いた銃弾が身体を抜けて床にめり込む。

 一発で殺しては勿体無いとゴーダに注意したばかりなのに、少し気を抜くと手が動いてしまうから恐ろしい。染み付いた習性をこの場では鎮める必要がある。

「その腐った肉の塊が彼女の身体に入っていたかと思うと寒気がしますね。レスであって欲しいけど、先生相手じゃそれも望みが薄そうですし……」

 美しいジュディの姿を思い浮かべる。
 あの天使を目の前にして、どうして冷静で居られるか。

「すみません、想像したら興奮しちゃった。早く先生に会いに行きたいのでやっぱりサクッと終わらせちゃいましょう」
「待て、待ってくれ…!ヴィンセントくん!!」

 抵抗する身体を親切なゴーダが押さえてくれたので、眉間に一髪打ち込むとベンシモンは大人しくなった。東の方にはこういった風におでこに化粧を施した神様がいるって聞いたけど、本当なんだろうか。

 金庫を漁るとすぐに目当ての書類は見つかったので、ボスに連絡を入れて調査隊を寄越すようにお願いした。ゴーダに後片付けは頼んで、僕は家に帰ることにする。

 もう夜が遅いから、今日はゆっくりと睡眠を取る。
 明日になったら髪を切って、一番良いスーツを着よう。

 ジュディ・フォレストを迎えに行くために。

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