64 / 73
番外編
『溺愛以外お断りです!』8
しおりを挟むデ・ランタ伯爵家に脅迫状が届いたと連絡があったのは二日後のことだった。
「イメルダ!久しぶりねぇ、なんだか痩せた?」
「いいえ、大丈夫よ。それより脅迫状って……」
グレイスは顔を曇らせたまま机まで移動して、取り出した封筒を私に差し出す。宛名には『親愛なるグレイス・デ・ランタ先生へ』と書かれていた。
「最初はただのファンレターだと思ったの。使用人が朝刊と共に届いたって渡して来たから」
「開けても良いの?」
「ええ。ちょっとショックを受けるかもしれないけど」
すでに封が切られたクリーム色の封筒を開く。
中からは真っ白な便箋が一枚出て来た。
タイプライターで等間隔に打たれた文字から筆跡を読み取ることは難しそうだ。宛名もまた、何かを切り貼りしたように組み合わされている。
私は目を細めて便箋の上の文字を追った。
「………これって、」
「そうよ。これは本の発売の差し止めを求めるものよ」
「馬鹿げているわ!警察には相談したの?」
「いいえ、先ずは貴女の耳に入れておきたくて」
私はもう一度手紙の内容を読み返す。
シンプルな文面に書かれていたのは、迫りつつあるグレイスの処女作の発売を取り止めろということだった。理由などは一切書かれておらず、ただ「発行を中止しなければ何が起こるか分からない」という不気味な一文で締め括られている。
姿が見えない相手からの脅迫に背筋がゾッとした。
思い当たる節がないわけではない。私の勘が正しいかは分からないけれど、グレイスから知らせを受けた時からずっと、私の頭にはセイハム大公の顔が浮かんでいた。だけど、捕まえるにも決定的な証拠がないのだ。
「……警察に届け出を出しましょう。これは立派な脅迫よ」
「もちろん、そのつもり。だけど本は……」
私は言葉に詰まってグレイスの顔を見つめる。
幼い頃から見て来た温厚な顔が、悲痛に歪んでいた。
「大丈夫…貴女の邪魔はさせないわ。誰にも、絶対に」
「でも、どうすれば良いの?怪我人なんて出したくないの、私はただ発売を待つ読者に本を届けたいだけよ…!」
「ねぇ……前にたしか本は回し読みをしているって言っていたわよね?その令嬢たちのリストのようなものはあるの?」
「リスト?ええっと、住所録のようなものなら…」
ここにあったはず、と本棚をガサゴソと探るグレイスの背中を見つめる。
この友人が、どんな思いで文字を綴ってきたか知っている。誰かに馬鹿にされても、無駄な努力だと笑われても、グレイスは周囲のヤジに耳を貸さずにただ自分の作品と向き合ってきた。
やっとその努力が実を結ぶのだ。
誰にも、邪魔なんてさせたくない。
「グレイス……ごめんなさい」
「なんのこと?」
不思議そうに揺れる瞳を覗き込んだ。
「貴女の小説のこと、本当は少し心配だった。それを読むことで皆が私の過去をどう思うだろうって、勝手に怯えて…」
「………イメルダ、」
「だけど、貴女の作品は貴女だけのものよね。私への評価なんて関係ない。結び付けて考えたこと、反省してるわ」
私は顔を上げて強くグレイスの手を握る。
グレイスもまた小さな身体で抱き抱えてくれた。
「この件はレナードにも共有する。黙って引き下がったりするのは御免だわ、犯人を炙り出しましょう」
60
お気に入りに追加
2,398
あなたにおすすめの小説
恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)
婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜
みおな
恋愛
王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。
「お前との婚約を破棄する!!」
私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。
だって、私は何ひとつ困らない。
困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。
側近という名の愛人はいりません。というか、そんな婚約者もいりません。
gacchi
恋愛
十歳の時にお見合いで婚約することになった侯爵家のディアナとエラルド。一人娘のディアナのところにエラルドが婿入りする予定となっていたが、エラルドは領主になるための勉強は嫌だと逃げ出してしまった。仕方なく、ディアナが女侯爵となることに。五年後、学園で久しぶりに再会したエラルドは、幼馴染の令嬢三人を連れていた。あまりの距離の近さに友人らしい付き合い方をお願いするが、一向に直す気配はない。卒業する学年になって、いい加減にしてほしいと注意したディアナに、エラルドは令嬢三人を連れて婿入りする気だと言った。
幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに
hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。
二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる