上 下
62 / 73
番外編

『溺愛以外お断りです!』6

しおりを挟む


 アゴダ・セイハム大公が王宮を訪れたのは翌日、三時を少し過ぎた頃のことだった。

 年齢のわりに体躯が良く、相手を威圧する鋭い眼光はデリックとは似ても似つかない。だけど、そのトパーズ色の瞳は紛れもなく彼がデリックの父親であることを示していた。

 コーネリウス国王と並ぶ姿を見たところ、私の父や国王よりは若く見える。まだ五十代の後半といったところだろうか。しげしげと観察を続けていたら、急にこちらを振り向いた大公の双眼が私を捉えた。


「おお……!イメルダ様!」

 大きな声で名前を呼ばれて、私は思わず身構える。
 そうした感情を乗せた顔はデリックに重なったのだ。

 大股で近付いて来た大公は隣に立つレナードに挨拶を述べて、私の方へ向き直る。私は意図せず全身の筋肉が引き攣るような感覚を覚えた。落ち着いて、と意識しながらなんとか口を開く。

「初めてお目に掛かります。イメルダ・ルシフォーンです」
「手紙を送って以来ですね!我が愚息が貴女にとても失礼な行いをしたこと、深く心を痛めています」
「……いえ…」
「親である私が言うのもなんだが、デリックはとんでもない放蕩息子でね。私も妻も昔から手を焼いていたんだ」
「………そうですか」

 うんうん、と頷きながら再びアゴダは「すまなかったね」と言い添えた。そしてすぐにフェリス王妃の方へ声を掛けて今度は彼女の新しい趣味について色々と質問を始めている。

 その切り替えの速さに驚きつつ、私はレナードを見上げた。

 エメラルドの瞳はまだセイハム大公の動向を追っている。この一年の間に、レナードは私が見たことがないような顔をするようになった。今までは温和で優しく、思慮深い様子が全面に出ていたけれど、最近は何を考えているのか分からない時もある。

「レナード……?」

 小さな声で呼び掛けると、ハッとしたような顔をして「ごめん」と返ってくる。私の心配が表に出ていたからか、レナードはすぐに安心させるように「大丈夫だよ」と付け足すと、用事があると言って部屋を出て行った。



 ◇◇◇



 国王の提案で、その日の夕食は大公も交えて囲むことになった。急とは言えども、南部からはるばる出て来た従兄弟への労いの気持ちがあったのかもしれない。

 まだ少し緊張するけれど、謝罪してくれた大公をこれ以上責めるのは違うと思うし、私はきっと前を向くべきなのだと思う。過去を乗り越えて成長しなければいけない。


「すみません……少し化粧室に、」

 不慣れな場で黙々とフォークを動かしたせいか、食べ過ぎて胸が苦しくなってしまったので席を立った。この後まだデザートがあるだろうけれど、少し時間を空けた方が良いかも。

 付き添うというメイドの申し出を断って廊下を歩く。
 そこまで体調は悪くないので一人で大丈夫だ。

 化粧室に入り、鏡の前でしばらく手を突いて下を向いていたら、幾分か気分は良くなってきた。念のためコルセットの締め付けも少し緩めた上で廊下へと足を踏み出す。

 しかし、食堂へ戻る前に私は暗い廊下に人影を見つけた。


「イメルダ様……!」

 驚いて喉が締まり声が出て来ない。
 視線の先ではセイハム大公が手を振っていた。

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ

曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。 婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。 美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。 そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……? ――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます

柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。 社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。 ※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。 ※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意! ※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

【完結】元悪役令嬢の劣化コピーは白銀の竜とひっそり静かに暮らしたい

豆田 ✿ 麦
恋愛
 才色兼備の公爵令嬢は、幼き頃から王太子の婚約者。  才に溺れず、分け隔てなく、慈愛に満ちて臣民問わず慕われて。  奇抜に思える発想は公爵領のみならず、王国の経済を潤し民の生活を豊かにさせて。  ―――今では押しも押されもせぬ王妃殿下。そんな王妃殿下を伯母にもつ私は、王妃殿下の模倣品(劣化コピー)。偉大な王妃殿下に倣えと、王太子の婚約者として日々切磋琢磨させられています。  ほら、本日もこのように……  「シャルロット・マクドゥエル公爵令嬢!身分を笠にきた所業の数々、もはや王太子たる私、エドワード・サザンランドの婚約者としてふさわしいものではない。今この時をもってこの婚約を破棄とする!」  ……課題が与えられました。  ■■■  本編全8話完結済み。番外編公開中。  乙女ゲームも悪役令嬢要素もちょっとだけ。花をそえる程度です。  小説家になろうにも掲載しています。

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...