【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ

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番外編

ルート37の亡霊

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「水をくれないか……?」

 しゃがれた声に気付いたのは夜中の二時を回ったところだった。ラゴマリア王国東部の巨大な監獄に看守として派遣されて丸一年が経つが、深夜の見廻りはいつも気持ちが落ち着かない。

 声がした方に足早に向かいながら首を捻る。
 ルート37と呼ばれるこの区域は、精神的な病を患った罪人を入れる部屋が並ぶ場所だった。ほとんどの罪人は数人で集団生活を送るが、ルート37の罪人たちには個別の部屋が与えられるのだ。しかし、この区域は長い間無人で、最近になって人が収容されたという話も聞かない。

 チカチカと点滅する部屋の中で人が動く気配がする。
 目を凝らすと無精髭を生やした男の顔が見えた。

「水を…水をくれないか…?」

 先ほどと同じ台詞を繰り返すので、思わず舌打ちをした。

「もう消灯時間を過ぎている。明日の朝まで待て」
「……頼む…熱くて眠れないんだ」
「ここは監獄だぞ!すべてがお前の思い通りにいくと思うなよ。黙って引っ込んでろよ!」

 強くドアを蹴れば、男はそれっきり喋らなくなった。
 気味が悪いと思いながら、名前だけでも確認しておこうと目を遣るも、本来掛かっている場所に名札がない。付け忘れの可能性もあるので明日の朝報告しよう、と再び暗い廊下を歩いて戻った。



 ◇◇◇



 しかし、奇妙なことに翌朝になるとその囚人は消えていた。

 上長や同僚に話しても、誰もその存在を知らないと言う。そればかりか、夜勤の間に疲れて夢を見ていたのではないかと言われる始末。腹立たしい思いを抱えながら朝食を掻き込んでいるところへ、同じ時期に派遣された男が笑いながらやって来た。

「幽霊を見たんだって?」
「はぁ?そんな話になってるのか?」
「噂になってるよ。お前、最近眠れてないんじゃないか。顔色も悪いし、元気がない」
「まぁな。ここに来てから食欲がないんだ……なんだか、いつも身体が重くて疲れが取れない」
「お前、出身はニューショアだっけ?」
「そうだよ。やっぱり国を跨いで就職するもんじゃないな」

 水が違うのか、土地が違うからか。
 ニューショアに居た頃は感じなかった嫌な空気を、このラゴマリアに来てからというもの感じている。自国では満足できるだけの収入が得られないので、隣国で衛兵を募集する告知を見掛けて応募した。

 だけれど、実際に配置されたのは監獄の看守。
 新人の自分には荷が重いし気分もまったく上がらない。

 これならばまだ、育ててくれた孤児院で教師にでもなった方が良かったかもしれない。丸眼鏡を掛けた院長の顔を思い出しながら溜め息を吐くと、隣に座った男は「そういえば」と声を低くして顔を近付けた。

「この監獄、本当に出るらしい」
「まだ言ってんのか?もうその脅しはうんざりだ」
「嘘じゃないんだよ。その昔、ラゴマリア中に薬物中毒者を出した事件があったんだが、そこで検挙された公爵家が皆揃ってここにぶち込まれたんだ」
「それが何だってんだ」

 聞き返した声にはどうしても苛立ちが滲む。
 こんな作り話に興味はない。

「妹はどっかの国に引き渡されたらしいが、両親は獄中で衰弱死、残された息子はルート37の部屋の中で妹の名前をずっと呼び続けていたらしい…ってのも、妹には兄貴の子供が居たんだよ」
「おえっ、気色悪いな。妹とデキてたのかよ」
「妹だけ養子だったみたいだ。まぁ、もう何年も前にその男も火事で死んだんだけどな。ほら、一度火災があったろう?」

 吸い込んだ息がヒュッと音を立てた。

 そうだ、派遣される前に教わったじゃないか。
 この大きな監獄は十年前に厨房からの発火が原因で半壊している。修復して更なる強固な造りになったのが今の姿なのだと。


「嫌な話するなよ。次の見廻りの時思い出したらどうしてくれるんだ」
「悪いな。あ、お前の名札が足元に落ちてるぞ」

 指差されて見るとシルバーのプレートが床の上に転がっている。「トムソン・マルーン」という名前の上には何処で付いたのか茶色い泥が付着していた。

「犯罪者から生まれた子供も可哀想だな。俺だったらそんなこと、知らないままで生きていきたいよ」

 拾い上げたプレートの汚れを落としながら席を立つ。
 薄汚れた罪人の相手をするのは疲れるが、己の正しさと清さを実感できるという点では今の仕事も気に入っていた。



 End.



◆お知らせ

しれっと本作を恋愛大賞に応募しています。
番外編を少しずつ更新するので、お楽しみいただけると嬉しいです。遅くなってごめんなさい。。

ルート37のお話だけ時系列が別です。
続く番外編は本編の少しあとのお話になります。
お付き合いいただければ幸いです。



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