上 下
51 / 73
本編

49.これからの日常

しおりを挟む


「え?グレイスと……ですか?」

 ヒンスはゴホンッとわざとらしい咳払いをして「彼女が商会の仕事に興味を持っているから話をするだけだ」と早口で言って退けた。

 珍しく私より早く食卓に着いていた父は今日帰りが遅いと言うので、どこへ行くのかと確認すると急に黙った。怪しく思って問い詰めたら、なんと彼は私の親友と食事に出掛けると言う。

「悪いがお前が思うような仲ではないからな」
「何も思ってないのですが……」
「………とにかく、夕食は外で食べる」

 そう言い切ると妙に足早に去って行くから私は尚更のこと怪しくなって、同じように目を丸くするメイドと顔を見合わせた。

 いや、応援出来ないわけではないけれど。
 なんというかショックは大きい。

「ごちそうさま。少し外の空気を吸ってくるわ」

 私も朝食を済ませて、メイドに一言伝えて部屋を出た。
 ルシフォーン公爵家の使用人たちは今日も真面目に各々の仕事をこなしている。まだ寒い日が続いているけれど、今日は珍しく朝から暖かな日差しが窓から差し込んでいた。



 ドット公爵家の公開尋問から二週間が経った。

 ベンジャミンをはじめとして一家四人はラゴマリア王国の東部にある孤島に罪人として投獄されることになった。一説では隣国との繋がりを持つシシーだけは、ニューショア帝国に引き渡されたとの話もあるけれど、定かではない。

 マルクスが廃人のようになったとか、キーラ夫人が自死したとか、有る事無い事がまことしなやかに広がっていく貴族社会は、非常に「日常的」だ。

 少し落ち葉の散った裏庭の上に寝転んでみる。
 見上げた空はどこまでも青々と広がっていた。



「ここに居たんだね。イメルダ」

 聞こえてきた声に、私は閉じていた瞼を開いた。

 覗き込むように見下ろすレナードの姿があった。
 走って来たのか、白い息を吐きながらラゴマリアの太陽は嬉しそうに笑う。思わず言葉を失って、私は何度か瞬きをしてみる。どうやら妄想ではなさそうだ。

 ドット公爵家の一件があった後、一週間ほどは毎日レナードからの連絡を待っていた。手紙が届いたか毎朝確認して、電話が鳴るのを今か今かと待ち受けていた。

 だけど、二週目に入ったら流石に期待は出来なかった。
 彼は忙しくて私のことを忘れたのかもしれないと思った。デリックのことで気不味いという気持ちもあり、自分から連絡する勇気も出ないまま、今に至っていた。


「貴方は…いつも私を見つけるのね」

 婚約破棄された最悪の結婚式を思い出す。
 騒ぎ立てる群衆の中を抜け出して自分を慰めていた時も、レナードだけは私の元へ来てくれた。あの時は気付かなかったけれど、彼がああして私の場所を探し当てたことは素直に驚くべきこと。

「分かるよ。君は一人になりたい時、だいたいこうやって空が大きく見えて風通しが良いところに居る」
「そんな場所たくさんあると思うけど……」
「本当だよ、分かるんだ。俺はイメルダを見つける天才だからね」
「ふふっ、なにそれ」

 思わず笑った私の頬にレナードの手が触れた。
 吸い込まれそうなエメラルドの瞳を見つめる。

「レナード……私、待ってたの」
「うん」
「貴方が来るのを、ずっと待ってた」
「……ごめん、遅くなって」

 レナードはそう言って小さな箱を差し出した。
 その白い箱の中には、失くしたと思っていたエメラルドのイヤリングが入っていた。碧色の石に寄り添うように小粒のパールが輝いている。

「どうして…貴方がこれを?」
「上着の胸ポケットに入っていたんだ。たぶん、君に連れ添って階段を上る時に落ちたんだと思う」
「そう………」

 ほんの少しの勇気がほしくて、ポケットに触れる。
 小さなカミュから発せられるほわりとした温もりが伝わった気がした。母は、今も何処かから私を見てくれているだろうか。

 頬に添えられた手を引くと、レナードとの距離はグッと近くなった。

「まだ答えは間に合う?」
「答え……?」
「レナードのことが好き。言いたかった…こうやって貴方に伝えたかった、黙っていて……ごめんなさい、」

 悲しくないのに溢れる涙を指で拭って、レナードは笑った。
 それは本当に太陽みたいに眩しい笑顔で。


「イメルダ、君のことを愛し続けるよ。だから、どうか……俺と結婚してほしい」

 私は大きく頷いて手を伸ばす。

 君を愛することはない、と言われた公爵令嬢の恋の行方を見守った小さなうさぎは、こっそりとそのポケットの中で笑ったとか。笑ってないとか。



 End.




◆ご挨拶

これにて本編は完結です。
ご愛読ありがとうございました。

番外編として、以下を追加予定です。

・イメルダとレナードのその後
・ミレーネのその後

グレイスのその後は皆様のご想像にお任せします。
彼女が本当に父ヒンスに好意があったのか、それとも純粋に商売に興味を持ったのか、はたまた関係ない別の相談なのか……
彼女の書いた恋愛小説も載せたかったのですが、また追々……ここが知りたい!などあれば教えてください。

今回はランキングに載せていただき、色々な方に読んでいただくことが出来ました。初めましての方も二度目ましての方も、ありがとうございます。

キャラ文芸大賞に向けて、閻魔様に嫁ぐお話をアップしました。『契約違反です、閻魔様!』というタイトルで掲載しているので興味があればどうぞ。冥界ラブコメを目指しています(正月なので)

たくさんのご縁、ありがとうございました!
メリークリスマス!


P.S. クリスマスに完結とお伝えしましたが、よく考えるとイブですね…ごめんなさい。ミレーネの番外編は明日掲載予定です。

2023.12.24 おのまとぺ

しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

側近という名の愛人はいりません。というか、そんな婚約者もいりません。

gacchi
恋愛
十歳の時にお見合いで婚約することになった侯爵家のディアナとエラルド。一人娘のディアナのところにエラルドが婿入りする予定となっていたが、エラルドは領主になるための勉強は嫌だと逃げ出してしまった。仕方なく、ディアナが女侯爵となることに。五年後、学園で久しぶりに再会したエラルドは、幼馴染の令嬢三人を連れていた。あまりの距離の近さに友人らしい付き合い方をお願いするが、一向に直す気配はない。卒業する学年になって、いい加減にしてほしいと注意したディアナに、エラルドは令嬢三人を連れて婿入りする気だと言った。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)

処理中です...