【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
50 / 73
本編

48.退場

しおりを挟む


 シシーが張り詰めた声で叫んだ瞬間、私は過去の記憶を思い返していた。

 マルクスと私にそういった関係がなかったわけではない。だけど、マルクスはいつも望んでそうした行為を行わなかった。理由を聞いた時に彼は「子供が出来たらどうするんだ」とひどく恐れた様子で答えた。

 シシーは涙を流しながら愛おしそうに腹を撫でている。
 長い沈黙の後、レナードは扉の近くに控える衛兵を見た。


「実は……もう一人、重要参考人を呼んでいます」
「殿下!私を責め立てるのはもう止めてください!お腹の子供に何かあったら貴方はどうしてくれるのですか!?」
「そ…そうね、出来たものはしょうがないし……ドット公爵家としても跡取りは必要だもの…」

 力なくそう言うキーラは、それでも顔を上げない。

「その参考人は、最近重罪を犯しました。公爵令嬢に薬を飲ませて強姦未遂を犯したのです」
「………っひ、」
「夫人もお会いされたことがあるかもしれませんね。イメルダ、君さえ良ければこの場に呼んでも良いかな?」

 私は少し離れた先でこちらを伺うレナードを見た。
 エメラルドの瞳を見据えて、静かに頷く。

 それを確認した王子は参考人を部屋に連れて来るように命じた。再び開かれた扉から入って来た男は、何かに躓いたのかつんのめったように二、三歩進んで床に膝を突く。

「デリック大公子ではないか!」

 驚きを露わにしたのはベンジャミン・ドットだった。
 それはそうだろう。国王の従兄弟にあたる大公の息子が拘束具を着けられた姿で無様に倒れているのだから。


「デリックは昨日、あちらにいらっしゃるルシフォーン公爵家の令嬢に薬物を盛りました。医者の対応が遅ければ、命の危機にあったでしょう」
「………薬物…だと?」

 ベンジャミンはオウムのように言葉を繰り返す。

「はい。シシーお嬢様はよくご存知ですよね?」
「……あ… いえ、私は…」
「シシー!君が渡して来たんじゃないか!君は合法だと言っていた!ただの惚れ薬だって、飲めばイメルダは僕を好きになるって…!君が言ったのに……!」
「使ったのは貴方でしょう!?私のせいにしないで!」

 収集のつかなくなった場を眺めて、国王は溜め息を吐いた。
 王は隣に座るフェリス王妃を見遣る。

 王妃はただ、穏やかな笑みを浮かべて、ことの成り行きを見守っていた。その片手は、膝の上で寝そべる小さな丸い子猫を撫でている。


「全員、死刑にしましょうか」

 コーネリウス国王が慌てて立ち上がったのを見て、フェリスは「冗談よ」と口元を押さえて笑った。

「ドット公爵家の資産の凍結、そしてドット商会の永久業務停止命令……貴方の従甥の処遇はレナードに任せるわ」
「そうだな。では、併せて爵位の奪還も行う」
「ま…待ってください!平民になるということですか!?公爵家の私どもを、平民にまで落とすと…!?」
「ただの平民ではない」

 追い縋るベンジャミン・ドットを国王は一瞥する。
 温厚な国王の姿はそこにはなかった。

「ドット公爵家はラゴマリア王国を危機に貶める重大な犯罪を犯した。今も薬物による被害者は増え続けている。お前たちから差し押さえた資産は、被害者の救済に充てるつもりだ」
「………そんな……私は…何も、」
「知らなかったと言えるか?だとしたら、より重罪だな。子供の管理もろくに出来ていなかったのだから」
「………っ!」
「ドット公爵家は罪人として収容施設に檻送してくれ。刑の重さは後ほど専門家を交えて決定しよう」

 控えていた執務官にそう言い伝えて、コーネリウスはまだ座ったままの妻の元へと歩み寄る。

 取り乱す者、怒る者、涙を流す者。それぞれが多様な反応を示していたけれど、王妃だけは何も変わらない笑顔を見せていた。私は、昨日庭園で見かけた時のフェリス王妃の言葉を思い出す。

 事態を収めるために奔走するレナードと国王に対して、彼女は「待つ者の気持ちも考えてほしい」と言っていた。しかし、ただ大人しく待てるというのはフェリス王妃が二人を信用しているから。いつも穏やかに笑えるのは、ひとえに彼女自身が如何なる時でも自分を保っているから。


「イメルダ……!貴女だって!貴女だって、涼しい顔は出来ないくせに!お兄様の見ていない場所で貴女は…!」

 兵士に取り押さえられてもがくシシーを見た。
 怒りに歪む顔を、私は眺める。

「シシー、私は犯罪に手を染めてはいないわ」
「………っ!」
「マルクスのことを愛してはいない。貴女に恨みもない。だけど、一つだけ私から質問をさせて」
「な…なによ!?」
「本当にマルクスの子供?」

 連行されて前を歩いていたマルクスが勢いよく振り返る。
 躍起になって私に掴み掛かろうとするシシーの叫び声が、開いた扉を抜けて廊下中に響いた。兵士に連れられて彼らが部屋を去り、重厚な扉が完全に閉まっても暫く、その声は消えなかった。


「……家へ帰ろうか、イメルダ」

 父親から声を掛けられるまで、私はぼうっとしていた。

 昔より皺の増えた手を取って席を立つ。
 眩しい太陽の下を黙って二人で車まで歩いた。


しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~

瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)  ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。  3歳年下のティーノ様だ。  本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。  行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。  なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。  もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。  そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。  全7話の短編です 完結確約です。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

処理中です...