40 / 73
本編
38.チャンス
しおりを挟む「え?レナードが訪ねて来た?」
「うん…そうなの」
私はデリックの隣でソフトクリームを突きながら、出来るだけなんでもない風に伝えたつもりだった。
デリック・セイハムという南部の男は、王都に住んでいないにも関わらず、やけに王都の遊び場に詳しい。今日だって、新しく出来たカフェのアイスが美味しいという誘いに私はまんまと乗せられて出て来たのだ。
今日こそ、デリックに伝えるつもりだった。
私の心にはまだレナードが居て、そんな気持ちのままでデリックと偽りの恋人ごっこを続けることは出来ないと。私はレナードとの話し合いに臨む前に、一度この関係をクリアにしておく必要があると思っていた。
「あのね、デリック」
「うん。どうしたの?」
「私…レナードに気持ちを伝えようと思うの」
少しの沈黙の後で、渇いた笑い声が聞こえた。
「ふはっ、なんで今更?」
「レナードが言ってたの。ゆっくり話がしたいって」
「それで君は今まで黙っていた自分の気持ちをアイツに明かすってわけかい?レナードも晴れてフリーになったから、もう何も君たちを邪魔するものは無いって?」
「………っ」
「婚約破棄された君と、公爵令嬢との関係を解消してすぐのレナードが接近してみろ。きっと周りは怪しむさ」
デリックの言いたいことは分かった。
マルクスが婚約パーティーで口走った内容は、ミレーネがその場で否定したにせよ、居合わせた人々の記憶には刻まれたはずだ。
つまり、今はまだ疑惑が残っている状態。
そんな状態の私たちがお互いの距離を縮めることは、せっかくのミレーネの助太刀を無に帰すようなもの。
でも、じゃあいつになれば私はレナードに気持ちを伝えることが出来るのか。どれだけ待てば、愛していると言っても良いのか。自分勝手だと理解しいても、ポロポロと溢れる想いはもう誤魔化せないことが分かっていた。
「君の瞳には、本当にレナードしか映っていないんだね」
「………?」
私は考え事を止めてデリックを見つめる。
静かに揺れる青い目はただ地面を眺めていた。
「一週間だけ僕にもチャンスをくれないか?」
「チャンス……?」
「少しぐらい、君に僕を見てもらいたい。それでも無理って言うなら潔く諦めるとするよ」
「でも、そんなの…!」
「君だって自分の意思で僕の提案に乗ったんだ。不要になったからサヨナラじゃなくて、付き合ってほしいな」
そう言ってデリックは私の顔を覗き込む。
私は黙ってその視線を受け止めた。
たしかに「恋人のフリ」をしようというデリックの誘いに乗ったのは私だ。周囲から可哀想な令嬢扱いをされないため、マルクスとシシーにこれ以上レナードのことを揶揄われないため、そしてそのレナード本人にも私を傷付けたなんて思わせないため。
私は小さく頷いて承諾を示した。
「ありがとう。好きになってもらえるように頑張るよ」
「デリック…貴方はどうして私を好いてくれるの?」
「え?」
好奇心から飛び出した質問に、デリックは目を丸くする。
適当に合わせてぬるい会話を楽しんでいた私たちの間に、恋焦がれるような何かがあるとは思えなかった。それに私は、彼と話すうちに、彼は私など見ていないのではないかと感じていた。
デリックの言葉は気持ちが良い。
深く考えなくて良いけど、適度に甘くて優しい。
新しいドレスを着れば可愛いと言ってくれるし、転びそうになったら支えてくれる。女の扱いに慣れた彼は、きっとキスもその先も相応のものを与えてくれるだろう。
望めばいくらだって、愛していると言ってくれるはずだ。
それは、お互いの関係にがんじがらめになって本音を隠し続けた私やレナードとは異なる。言いたいことは言わず、手を伸ばして探り探りでその形を確かめていた私たちとは、違う。
「参ったね。僕の気持ちが伝わってないのかな?」
「……そういうわけでは、」
「この一週間で分かってもらえるように努めるよ。君に必要なのはレナードじゃなくて、僕のような人間だってね」
私は何も言葉を返せなかった。
私が必要なもの、それはいったい何なのだろう。レナードへの気持ちに向き合う勇気?デリックの好意に応える誠意?或いはマルクスやシシーを許さない怒り?
思い出の中だけで生きていくつもりだったのに、身体が生きている以上は、そうもいかないらしい。
74
お気に入りに追加
2,417
あなたにおすすめの小説
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました
柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」
結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。
「……ああ、お前の好きにしろ」
婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。
ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。
いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。
そのはず、だったのだが……?
離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。
※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

願いの代償
らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。
公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。
唐突に思う。
どうして頑張っているのか。
どうして生きていたいのか。
もう、いいのではないだろうか。
メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。
*ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。
※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ
ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる