16 / 73
本編
15.言葉の拘束力
しおりを挟む逃げるように自分の家へ帰った。
予定していた帰り時刻を何時間も過ぎて姿を現した私に対して、運転手の男は明らかに不服そうだったけれど、私は謝罪の言葉を伝えて後は何も言葉を交わさなかった。
家へ帰ると待ち構えていたように飛び出して来た父を軽く躱して自分の部屋へ閉じこもった。時計の秒針の音だけに耳を澄まして、ベッドの上でシーツに指を滑らせる。
私が何度も繰り返し思い返して喜んでいたあの夜は、レナードにとっては完全にお荷物なイベントだった。
後悔している、と苦しそうに呟いた声が今も頭に残っている。そんなに嫌なら私の相手なんてする必要はなかったのに。慰めのつもりなら、他に手段はいくらでもあったはずだ。もしくは、私がそういう対応を望んでいる雰囲気を出していたのだろうか?
(………貴方は優しすぎたのよ、)
レナードはラゴマリア王国の太陽。
その光は国民皆に平等に降り注ぐ。
婚約者の不貞を目にして泣き崩れる友人がいたら、そっとキスをして身体の一つや二つぐらい貸してあげる。でも、甘い言葉までは吐かない。だって言葉は約束となって残るから。
あの日、レナードは私に「愛してる」なんて一言も言わなかった。それどころか、名前すら呼ばなかった。
考えれば考えるほど苦しくなって、私は縮まる心臓を押さえてギュッと目を閉じる。こんな時、一人はあまりに辛い。デリックの言う通り、私は社交界では腫れ物令嬢だ。
皆きっと婚約破棄のことを知っているけれど、その話題に触れない。私がいない場では、盛んに意見交換がなされているんだろうけども。
最後に思い出したのは、初めて会ったミレーネの顔。
噂通りの可憐な令嬢はレナードの隣に立っても引けを取らないぐらい輝いていた。親しそうな二人の様子が浮かんで、私はとうとう涙が溢れ出す。嫉妬する権利はないし、むしろミレーネには土下座をして謝るべき立場だ。
貴女の婚約者の同情を買って利用しました。
どうか私の愚行をお許しください、と。
◇◇◇
「………なんと仰いましたか?」
私はグラスから唇を離して問い掛ける。
朝食時に父ヒンスが持ち込んだ話は、美味しいバゲットを台無しにする内容だった。
「ドット公爵家から連絡があった。イメルダ本人に金を取りに来いと。お前と話がしたいらしい」
「私が婚約破棄された家を訪問するのですか!?」
「マルクスはそれを望んでいるようだ」
「馬鹿げてるわ、どうしてそんな……」
「何か言いたいことがあるんだろう」
父のブルーグレイの瞳が私の心を覗くように射抜く。
「或いは、強気な態度を出せるぐらいの情報を得たか」
「………っ!どういう意味ですか?」
「ただの想像だよ。いずれにせよ、行ってみろ。支払いの金額や期限をゴネて来たら容赦なく叱責して良い」
「もちろんです」
答えながら、心臓が倍速で脈を打っているような激しさを感じていた。もしも、もしもマルクスがあの夜に私とレナードの間に起こったことを知っていたら。
いいえ、知っていたとしても彼だって同罪だ。
しかし彼らはただキスをしていただけ。私たちは完全にアウトになってしまう。でもそんなの誰が知り得るの?あの時、私の屋敷には既に就寝していた父と、夜当番の使用人しか居なかった。彼女が漏らすとは思えない。
私は溜め息を一つ吐く。
敵陣に乗り込む準備のために、重い腰を上げた。
87
お気に入りに追加
2,377
あなたにおすすめの小説
恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
身分を捨てて楽になりたい!婚約者はお譲りしますわね。
さこの
恋愛
ライアン王子には婚約者がいる。
侯爵家の長女ヴィクトリアと言った。
しかしお忍びで街に出て平民の女性ベラと出あってしまった。
ベラと結婚すると国民から人気になるだろう。シンデレラストーリだ。
しかしライアンの婚約者は侯爵令嬢ヴィクトリア。この国で5本指に入るほどの名家だ。まずはヴィクトリアと結婚した後、ベラと籍を入れれば問題はない。
そして結婚式当日、侯爵家の令嬢ヴィクトリアが来るはずだった結婚式に現れたのは……
緩い設定です。
HOTランキング入り致しました.ᐟ.ᐟ
ありがとうございます( .ˬ.)"2021/12/01
私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜
みおな
恋愛
大好きだった人。
一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。
なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。
もう誰も信じられない。
【完結】婚約者を寝取られた公爵令嬢は今更謝っても遅い、と背を向ける
高瀬船
恋愛
公爵令嬢、エレフィナ・ハフディアーノは目の前で自分の婚約者であり、この国の第二王子であるコンラット・フォン・イビルシスと、伯爵令嬢であるラビナ・ビビットが熱く口付け合っているその場面を見てしまった。
幼少時に婚約を結んだこの国の第二王子と公爵令嬢のエレフィナは昔から反りが合わない。
愛も情もないその関係に辟易としていたが、国のために彼に嫁ごう、国のため彼を支えて行こうと思っていたが、学園に入ってから3年目。
ラビナ・ビビットに全てを奪われる。
※初回から婚約者が他の令嬢と体の関係を持っています、ご注意下さい。
コメントにてご指摘ありがとうございます!あらすじの「婚約」が「婚姻」になっておりました…!編集し直させて頂いております。
誤字脱字報告もありがとうございます!
【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。
Rohdea
恋愛
和平の為に、長年争いを繰り返していた国の王子と愛のない政略結婚する事になった王女シャロン。
休戦中とはいえ、かつて敵国同士だった王子と王女。
てっきり酷い扱いを受けるとばかり思っていたのに婚約者となった王子、エミリオは予想とは違いシャロンを温かく迎えてくれた。
互いを大切に想いどんどん仲を深めていく二人。
仲睦まじい二人の様子に誰もがこのまま、平和が訪れると信じていた。
しかし、そんなシャロンに待っていたのは祖国の裏切りと、愛する婚約者、エミリオの裏切りだった───
※初投稿作『私を裏切った前世の婚約者と再会しました。』
の、主人公達の前世の物語となります。
こちらの話の中で語られていた二人の前世を掘り下げた話となります。
❋注意❋ 二人の迎える結末に変更はありません。ご了承ください。
報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜
矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』
彼はいつだって誠実な婚約者だった。
嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。
『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』
『……分かりました、ロイド様』
私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。
結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。
なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。
※この作品の設定は架空のものです。
※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる