【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
13 / 73
本編

12.ミレーネ・ファーロング

しおりを挟む


 デリック・セイハム大公子から友人を招いての立食パーティーの誘いがあったのは、その二日後のことだった。

 私はメイドから金色の封筒を手渡された際に「まさか」と思ったけれど、開いてみるとやはりそれはデリックからの手紙で、南部に帰る前にもう一度皆で集まりたいと書かれていた。文末には「心配しなくても君の頭を悩ませる羽虫は呼ばない」と書いてあって、私は少し笑ってしまった。羽虫とはつまり、マルクスとシシーのことなのだろう。

 私はさっそく参加する旨を書いた返事を出した。
 友好的な彼との友情を深めるのは悪い気がしない。

 父に伝えると、彼はまた「大公子はお前を気に入ったんだ!」と踊り出しそうに喜んだ。私は、湖畔で別荘を貸し切って行われるというそのパーティーのために、仕舞い込んでいた分厚いコートを出すなどして準備をして過ごした。



 ◇◇◇



 やはり十二月ということもあって、湖のある郊外は冷え切った空気が立ち込めていた。

 セイハム家が所持するその別荘は築年数は経っているようだが、リノベーションを定期的に繰り返しているようで、内部は流行りを取り入れた洒落たデザインになっていた。私は頭上でクルクル回る大きなシーリングファンを気にしつつ、周囲を見渡す。

 すでに到着した子息令嬢たちが賑やかに会話に花を咲かせる中で、一際目立つ男女を発見した。

 太陽のように微笑む男の隣には、美しい女性が寄り添っている。二人の間の会話を聞かなくても、誰かが言ったことに反応する時の目配せや、女性を気遣う男性の様子から、二人の間に親密な関係が築かれていることはすぐ分かった。

 男の方は、レナード。
 彼が連れているのは婚約者のミレーネだろう。

 私は心臓が重たくなるのを感じて、踵を返して群衆の中からデリックの姿を探す。どういうわけか今日に限って彼は突然現れてくれたりはせず、私はその場で立ち往生した。

 子供のように泣き出したくなった。愛する人が、他の誰かを愛するのを見ることが、こんなに辛いなんて知らなかった。思い出の中で生きていこうと決めたのに、現実のレナードを見ると私はその存在を意識せずに居られない。

 困った挙句、とりあえず近くに居た見知った令嬢を捕まえて、私はまったく関係のない天気の話を始めることにした。このところ寒い日が続いていてドレスの裾から入ってくる冷気が冷たいなど、云々。初めは驚いていた令嬢も話を合わせてくれて、最終的には彼女の両親の結婚祝いに何を贈るかを共に考えることで会話は盛り上がった。

 シャンパンを二杯、酔い覚ましのオレンジジュースを一杯飲んだところで、会話を切り上げて化粧室に向かった。迎えの車はパーティーが終わる時刻に到着する予定なので、まだ暫くは時間がある。そろそろデリックを見つけることも出来るだろうか。

 そんなことを考えていると、化粧室のドアが開いた。


「ごきげんよう」
「……ごきげんよう、ミレーネ様」

 そこにはミレーネ・ファーロングが立っていた。
 柔らかなピンク色のシルクのドレスは、彼女の女性らしい身体のラインを引き立たせている。先ほどまでこの腰にレナードの手が添えられていたのかと思うと、まったくもって身分不相応な嫉妬が腹の底から湧き上がって来そうだった。

「素敵なイヤリング。エメラルドですか?」
「あ、はい……」

 私は鏡越しに自分の片耳を見て返事をする。

 片端になったイヤリングを今日は付けて来ていた。なんとなく華やかさが足りない黒いドレスには丁度いいアクセントになると思ったから。

 ミレーネは小さなハンドバッグを開いて、口紅を取り出した。隣で鏡を覗き込む彼女に断って出て行くべきか悩んでいたら、形の良い唇がまた開かれた。

「どうして片方だけなの?」
「えっと、実は失くしてしまって…」
「あら、残念。でも一つだけだと寂しいわ。私もエメラルドが大好きなの。良ければ貰ってあげましょうか?」
「……え?」
「ふふっ、冗談。悪く思わないでね。貴女のお名前は?」
「イメルダです。イメルダ・ルシフォーン」

 私が名乗ると、ミレーネはにっこりと笑った。
 塗り直したばかりの口紅が艶やかに光る。

「よろしくね、イメルダ。私はミレーネ・ファーロングよ。来月結婚するから、ガストラ姓になるんだけど」
「………おめでとうございます」
「ありがとう。では失礼するわ」

 そう言って鞄をパチンと閉じたミレーネのピンク色のドレスが、鏡の端から消えて行くのを私は黙って見守った。一人になった化粧室の中は寒くて、くしゃみを一つした後に私も身体を縮めて暖かなリビングへと引き返した。






◆お知らせ

役者がほぼ出揃ったので登場人物紹介を追加しました。
よろしくお願いいたします。


しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける

堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」  王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。  クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。  せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。  キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。  クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。  卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。  目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。  淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。  そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

処理中です...