【完結】彼女はまだ本当の恋を知らない

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

01.前編

しおりを挟む


 僕が初めてジュディ・フォレストに出会ったのは、たしかアカデミーに入学して半年が経った頃。僕はまだ十六歳で、ジュディは教師の免許を取ったばかりの新米だった。

 焦茶色の髪を一つにまとめて高い位置でお団子にした彼女は、服装もシンプルで「教師らしく」あることに固執しているような真面目ぶった喋り方をしていた。若い生徒たちは自分たちと年がそんなに変わらない彼女を揶揄うこともあったが、概ね歓迎しているようだった。

 その頃の僕は家の事情もあって、学業どころではなかったから、あまり良い生徒ではなかったと思う。留年しない程度のギリギリの出席日数をキープして、幽霊のように進級して行った。

 ジュディがそんな僕のことをどう考えていたかは知らないけれど、僕にとってジュディはあくまでもただの担任で、三者面談で一方的に自分の意見を熱弁するパターン化された教師の一人だった。


 アカデミーを卒業する年度になって、事件は起きた。

 学校にはほとんど通わず、主要なイベントにも全く顔を出していなかった僕だけど、なんとか卒業は可能ということで、その日も呑気に早退をキメていた。なにぶん暑い夏の日だったし、監獄みたいな学校でダラダラ時間を過ごすよりも、家に帰って祖父とボードゲームでもしている方が有意義だと思ったから。

 急ぎ足で構内を歩いていると、昔馴染みの女の子に声を掛けられた。自分で言うのもなんだけど、アカデミーに上がる少し前から僕の身長はグンと伸びて、母親に似た容姿のお陰で女性関係は潤っていた。お陰様で男子学生が思い悩むような性の悩みも一通り早い段階で解決していたし、この頃から今と同じような付かず離れずの状態にある女の子が何人か居た。

 彼女たちと会うのはだいたい学校の外だったから、同じクラスの人たちはロクに声も聞いたことがないヴィンセント・アーガイルという男が、こんな爛れた性生活を送っているなんて見当も付かなかったはずだ。

 急いでいると伝えると、制服を着崩した彼女は「良い場所があるの」と言って僕を空き教室へ連れ込んだ。

 気は進まなかったけれど、とにかく僕も若かったし、据え膳を食わないほど賢者でもなかったので有り難く頂くことにした。蛇足になるけれど、食った膳はまぁまぁ美味かった。少し元気が良すぎるというか、煩かったんだけれど。

 適当に行為を終えた後、さてそろそろ帰ろうかとズボンを上げようとしたところで教室の扉が開いた。


「………え?」

 そこに立っていたのはジュディ・フォーレストだった。
 お馴染みの団子頭に、教員用のバインダーを抱えている。

 ジュディは僕たちの姿を見て、目を丸くしたまま固まってしまった。仕方がないことだろう。僕のズボンは足元までずり下がっていてほぼパンツ姿、加えて言い訳出来ないのが机の上に伸びた女だ。彼女はシャツの胸元をおおっ広げて、紺色の靴下を履いた両脚を大きく開脚していた。

 つまり、どう見ても事後。


「ヴィ…ヴィンセントくん?」
「あーーこれは、」

 なんて言い訳しようかと頭を掻く僕の前で女の子はバタバタと荷物をまとめて教室を出て行った。あまりの早技にジュディも呼び止めることは出来なかったようだ。

 せっかくこのまま問題なく卒業出来るところだったのに、と悔やむ気持ちを噛み締めて、停学になるおおよその日数を頭の中で見積もる。暴力沙汰ではないけれど、完全なる風紀違反。未成年という便利な枠に属しているので、犯罪なんかにはならないと思うが、親代わりの祖父にまで連絡が行くことは容易に想像できた。

 謝罪が先か、言い訳が先か、と思いながら顔を上げると、なんとジュディは涙を浮かべていた。

 泣くほどショックなことなのだろうかと考える。まぁ、たしかに自分の受け持つクラスで不純異性交遊にうつつを抜かす問題児が居ると判明すると後々面倒にはなるだろう。

 しかし、ジュディが口にしたのは信じられない言葉だった。


「………今まで…辛かったでしょう?」
「え?」
「脅されていたの?男の子が女の子を襲うっていうのはよく聞くけれど、大人しいヴィンセントくんのことだから、こういう逆のパターンもあるのね……」
「いや、えっと……これは……」
「大丈夫。先生に任せて!相手の子はどのクラス?」

 どうやらジュディは都合の良い彼女なりの解釈で、僕が女の子に襲われたと思っているようだった。今考えてもかなり無理のある設定で、お互いの言い分も聞かずに彼女にすべての罪を背負わせることは教師としての判断力に欠けることだろう。

 だけど、停学を喰らって卒業が延びるのは御免だ。

 したがって僕は、ジュディ・フォレストという女神の勝手な理解に乗っかることにした。出来るだけ悲痛な顔を作って目線を下に向ける。頭の中で身の毛もよだつ気持ち悪い害虫の姿を想像すると、良い具合に声は震えた。


「………すみません、僕、断れなくて…」
「怖かったわね。もう大丈夫だから…」

 そう言ってジュディは、その柔らかな手を僕の背中に回して抱き締めた。香水なのか、柔軟剤なのか、爽やかな石鹸のような香りが鼻腔をくすぐる。

 これが僕がジュディ・フォレストに落ちた瞬間。

 単純だなんて馬鹿にしないでほしい。
 なんて言ったって、それは僕が十八年生きてきた中で初めて他人から無条件で信用された瞬間だったのだ。正確に言うとこの場合は彼女の明らかな判断ミスなのだけれど。

 とにかく、この日からジュディは僕の世界の中心になった。相変わらず学校に来る頻度は低かったが、それでも以前よりは上がった。アカデミーに費やした三年間はクソみたいな時間だと思っていたけど、ジュディに出会うためだったと思えば大いに価値はあったと思える。

 僕はたぶん狡い人間なんだろう。
 でも、それで良い。その評価を喜んで受け入れる。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

初恋の呪縛

緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」  王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。  ※ 全6話完結予定

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

あなたのためなら

天海月
恋愛
エルランド国の王であるセルヴィスは、禁忌魔術を使って偽の番を騙った女レクシアと婚約したが、嘘は露見し婚約破棄後に彼女は処刑となった。 その後、セルヴィスの真の番だという侯爵令嬢アメリアが現れ、二人は婚姻を結んだ。 アメリアは心からセルヴィスを愛し、彼からの愛を求めた。 しかし、今のセルヴィスは彼女に愛を返すことが出来なくなっていた。 理由も分からないアメリアは、セルヴィスが愛してくれないのは自分の行いが悪いからに違いないと自らを責めはじめ、次第に歯車が狂っていく。 全ては偽の番に過度のショックを受けたセルヴィスが、衝動的に行ってしまった或ることが原因だった・・・。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...