20 / 21
19.誘拐犯との別れ
しおりを挟む「真さん、運転変わるよ」
そろそろ高速に乗ろうかという時に白秋から申し出があった。よほど私の運転に不安を覚えたのだろう。ハンドルを持つ手が震えていたのは真実なので、ありがたく受け入れて、コンビニに寄ったタイミングで運転席から助手席へと移動した。
「……鼻血出てるね」
「大丈夫。もうほぼ止まってます」
上を向いてズズと吸い込みながら、笑顔を向ける。
「ごめん、無茶させて」
「いいえ。白秋さんの役に立ちたいって言ったのは私なので。これで少しでも恩返しになれたら」
「恩返しって何の?」
「えっと、一週間分の生活…?」
私の返答を聞いて白秋は暫し目を見開いて静止した後、吹き出した。こんな風に笑う彼の笑顔は新鮮で私は驚く。
「なにそれ。はっきり言って、俺は誘拐犯だし監禁みたいなことしてたんだよ?それを恩返しって」
「でも、私は救って貰えた気がします」
「……真さんお人好し過ぎるよ」
呆れたようなその声音にすら私はなんだか安心する。須王白秋が隣に居ることが、いつの間にか当たり前になってしまっていることに気付いた。
白秋はコンビニでウェットティッシュを買ってきてくれたので、受け取って鼻血を拭く。
「ちゃんと再生されてるでしょうか?」
「どうだろうね。まあネットの海は広いから、明日にはどこの出版社もネタ持ってけば喜んで処理してくれるんじゃないかな。流石に無視できないだろうし」
「そうだと良いですね……」
私たちが一時的に作ったアカウントはある程度の再生回数を稼いだら削除する手筈となっている。もちろん録画した映像や音声は手元に残っているけれど。
これで須王正臣が白秋を狙うことも出来ないはずだ。再び走り出した車の中で、私はまだ震えている手をギュッと握った。
◇◇◇
最後の荷物の点検をしながら私は白秋の様子を盗み見る。帰宅してからはずっとリビングのソファに座ったまま、彼はぼんやりしていた。
「白秋さん、大丈夫ですか?」
「うん。ぜんぜん大丈夫」
「そろそろ出ようかと思います」
「明日まで居たら良いのに」
口先だけでも、残念そうにそう言ってくれることが嬉しい。
「ここにいたら甘えてしまうので」
「……甘えていいよ」
白秋の手が私の手に触れる。温かなその手を握り返しながら、目を閉じた。顔を見ると決意が鈍ってしまいそうで怖かった。もともと彼と私は出会うはずのない人間であって、一週間という期間がちょうど良いのだ。これでズルズルと関係を続けると、あとで痛い目に遭うのはきっと自分。
重たい荷物を持ち上げて、手を離した。
「どうか、無事に居てくださいね」
「真さんこそ、ちゃんと帰れるの?」
送って行こうかという申し出を断る。車の鍵を受け取りながら、この短いようで長かった一週間弱のことを思い返していた。
恐怖のどん底で始まった期限付きの同棲生活。意外と楽しかった家政婦としての仕事。徐々に見えてきた白秋の素顔と優しさ。ずっと逃げていた自分の深層心理について。
「私、少しは成長できたでしょうか?」
「そうだね。須王正臣に殴られても泣き出さなかったし強くなったんじゃないかな」
「あれは相当痛かったですけど」
「本当にありがとう。誘拐犯なのに、俺の方が助けてもらってばっかりだ」
目を伏せて俯く白秋の頭に手を伸ばしてポンポンと撫でると、複雑な顔をして彼は顔を上げた。
「真さんの中では、俺はまるで子どもみたいだね」
「だって実際白秋さんは私より若いし」
「なんかへこむな。その認識改めてほしいよ」
拗ねたように口を尖らせる白秋を見て笑った。
短い間でも一緒に暮らしたわけだから、お互いに少しは名残惜しいと思っていると思う。でもそれはきっと、良い関係が築けたということなのだ。白秋の言葉を借りると、信頼関係というものが。
グズグズしていると足に根が生えてきそうで、私は手を振って自分から玄関を潜った。頭を下げて礼を伝えたら、振り返らずにエレベーターまで足早に進む。最後に顔なんて見たら、それこそ気持ちは揺らいでしまう。
白秋は最後、どんな顔をしていただろう。
確認できないことが残念だ。
教えてもらった場所に久しぶりに愛車の姿を見つける。エンジンをかけてアクセルを踏み込むと、小さな軽自動車はご機嫌で走り出した。私はありふれた現実への道を戻っていく。
12
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ


忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる