【完結】愛してくれるなら地獄まで

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
18 / 21

17.須王正臣のケジメ

しおりを挟む


 走りに走って、ようやく住宅街を抜けたあたりで白秋は立ち止まった。相変わらず手は繋がれたままで、私はローヒールを履いてきた自分に感謝しながら、膝に片手を突いて大きく息を吐いた。

 白秋はズレた帽子を直しながらマスクを取る。私を見るその顔は怒っているようにも見えるし、困っているようにも見えた。

「なんでこんな場所に居るの?」
「……部屋にプリントアウトした紙があったので」
「べつに来いって意味で置いたんじゃない。持って行こうと思って忘れちゃってたんだよ。まさか見つけるなんて」

 想定外だな、と言いながら白秋は空を見上げた。

「どうするつもりだったんですか?須王正臣さんの自宅ですよね、さっきのお家」
「殺そうと思ってた。同じ目に遭わしてやろうと思って」
「……え?」

 物騒な言葉に絶句する。
 白秋はそんな私の様子を気にするでもなく、左手に嵌めた指輪を見ていた。立ち話をする私たちの側を親子が自転車で通過して行く。

「今日がチャンスだと思ったんだ。あの人は馬鹿みたいな講演会のために3時間は連絡が取れないし、今日は土曜日だから大学も休みで息子も家に居る」
「出掛けてるかも、」
「朝から張ってたけど外に出てないよ。ジョギングをした後はずっと家に居る」
「………ちゃんと計画的だったんですね」

 須王正臣に連絡が取れない状況下で自宅に侵入して、在宅中の母親と息子を殺害する。それが白秋のシンプルな計画。

「でも、講演会は3時からですよ?」
「そうだね。だから、怪しまれないようにエアコンの点検を装って先ずは家に入った。毎年連休明けのこの時期に点検を入れてるって前の家政婦さんに聞いてたし」

 聞くところによると白秋の家の前任の家政婦は、須王家の家政婦も兼任していたらしい。

「あの人の浮気の証拠を掴んだって言うから期待してたのに、どうやらどっかから手が回ったみたいだね。すごく残念だよ」
「なるほど……」
「それで、真さんはどうしたいの?正論を説いて俺のことを止める?どっちみち今日の決行はもう無理そうだけど」
「白秋さんは何を求めているんですか?」

 私の質問に、白秋は少しの間目を閉じて考える素振りを見せた。瞼に触れる黒髪を風が揺らす。綺麗な顔は、残酷なぐらい須王正臣に似ていた。

 他人が見たら、何もかも持っているように見えるだろう。高い身長、女性に好まれる所謂いわゆる二枚目の顔、気遣いも出来るし、甘え上手だとも思う。私はその横顔を見つめながら、彼の言葉を待った。

 白秋が目を開き、意を決したように口を開く。

「認められたかったのかもね、須王正臣に俺の存在を」
「……存在ですか?」
「うん。あの人にとっては面倒ごとになるから避けたいんだろうけど、俺はケジメとして認知して欲しかった」
「…………」
「今更言っても遅いんだけど」

 諦めたような力の抜けた笑い顔を見せる白秋を見て、心が痛んだ。彼はいつも私の力になりたいと何度も言ってくれた。では、私には何ができるのだろう。須王白秋のためにできることは何?

「付けてもらいましょう、ケジメ」
「え?」
「横浜行きましょう。白秋さん車ですか?」
「いや、車だけど、あの人を説得したところで…」
「説得じゃないです。脅迫するんです」
「………は?」

 呆気に取られる白州に車まで案内させて、停めてあったミニバンの助手席に乗り込んだ。訳がわからないといった顔をしたまま、白秋がエンジンをかける。

「地獄極楽はこの世にあり、ですよ」
「なにそれ?」
「この世で起こした善悪の報いは死んでからじゃなくて、この世で制裁を受けるってことです」

 愛妻家の彼に、そのケジメを付けてもらおうじゃないか。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...