【完結】愛してくれるなら地獄まで

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
16 / 21

15.六日目の朝

しおりを挟む

 目が覚めた時から、違和感は感じていた。

 私はまた寝落ちしてしまったのか白秋の部屋のベッドの上で横たわっている。静まり返った部屋を見渡しても白秋の姿はなくて、部屋の真ん中には、昨日の夜に移動させたサイドテーブルがあった。

 朝日を浴びる未開封のケーキたちを見ながら記憶を辿る。結局誕生日ケーキは食べたんだっけ。白秋はシュークリームが良いと選んだけれど、彼がそれを口にする姿は目にした覚えはない。

 ベッドを降りようとしたところで、床に置かれた二つの紙袋に気付いた。一つには黒いビジネス用のトートバッグ、もう一つには携帯や財布といった貴重品が入っていた。いずれも初日に白秋が回収した私の私物だ。

 急いでリビングへ走り、壁に掛かった時計を確認する。時刻はもうすぐ12時になろうとしている。

「………白秋さん?」

 問い掛けに答えは返って来ない。家主が不在であることは明らかだった。

 リビングのテーブルの上、冷蔵庫の中も確認したがメモは残っていない。どういうことだろう?まだ六日目なのだ。須王白秋との約束は一週間。私はもうこれでお役御免ということなのだろうか。どうして、こんな急に。

 本来ならば解放されたことを喜ぶべきなのかもしれないが、私は不完全燃焼のような気持ちを抱えていた。『おめでとう!貴女の勝ちです!』なんて言われてクラッカーを鳴らされたかったわけではない。だけれど、あまりにも突然の別れで、私は気持ちの整理が追い付かない。

 とりあえず顔を洗おうと、洗面所へ移動した。

 扉を開いたところで鏡に貼り付いた付箋を見つける。駆け寄って手に取ると、クセのある画風で笑顔の女の子の顔が描かれていた。白秋が家を出る前に置いて行ったのだろうか。

(もしかしてこれは私…?)

 少し元気が出て、顔を洗って軽く化粧をしたら、先ずはここ数日のメールのチェックをするために再び白秋の部屋に戻った。そういえば私は白秋の連絡先を知らない。一歩、この家を出れば、私はもう須王白秋という人間とは無縁の人生に戻ってしまう。


 とっくに充電の切れたスマートフォンを充電するため、コンセントの差し口を探している時だった。

 ベッドの延長線上にある机の上に置かれた紙が目に入った。畳まれたノートパソコンから少しズレて三枚の紙が乗っている。いずれもネットの情報をコピーしたもので、一枚目はどこかの地図、二枚目は外から撮った家の写真、三枚目は何かのプログラム進行表。

 地図の上に立った赤いピンを見つめながら、昨日、換気扇の下で煙草を吸っていた男から言われた言葉を思い出す。『白秋さんを一人にしないで』と、彼は確かに私に言った。26歳、それは白秋の母親が亡くなった年齢だから。

「………!」

 私は須王白秋のことをそこまで知らない。
 一週間前までは他人だったし、好きな食べ物や嫌いな食べ物、よく観る映画、落ち着く場所、彼に関するそういう当たり前の情報を私は何一つ持っていない。考えていることはいつも掴めないし、そもそも一週間で知り尽くすなんて到底無理な話だ。

 だけど、これだけは確信を持って言える。
 最後の最後だというお別れをこんな風に済ますほど、彼は適当な人間ではない。

 バタバタと服を着替えて黒い鞄を掴む。
 ようやく立ち上がったスマートフォンの画面に、プログラム進行表の左下に印刷されたURLを打ち込んだ。

「横浜のイベント会場…?」

 AからCまでの会場を持つ大きなホールで行われる今日の日程表が画面に現れる。それぞれのホールのイベント情報を照会していると見知った名前を見つけた。15:00から開始されるそのイベント欄には『愛妻家、須王正臣が語る家族愛』といういかにもなタイトルが記されている。

 白秋はこのイベントで須王正臣に接触する気なのだろうか。しかし、別に出力されていた二枚の紙も気になる。ピンが刺さった箇所が示すのは世田谷区の住所だ。

 ぐるぐる回る頭を押さえて思考を落ち着かせる。大丈夫、まだ少し時間はある。時計はもうすぐ12時半を指すところ。世田谷の住所を確認してから横浜へ向かってもギリギリ間に合うのではないか。

 私は鞄の中に三枚の紙を押し込んで、家を飛び出した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...