【完結】愛してくれるなら地獄まで

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
15 / 21

14.同情ついでに

しおりを挟む


 結局なんやかんやで二人で食べ切れないほどのケーキをコンビニで買い占めて私たちは帰宅した。白秋は酔い足らないのか焼酎や缶ビールまで追加するものだから、片付けた筈の机の上がまたパーティ仕様に戻っている。

「ねえ、ゲームの続きしない?」
「……良いですけど」

 壁に掛かった時計を気にしながら返事をする。あと10分ほどで日付が変わってしまう。その前に何としてもケーキを開封しなければいけない。

 グラスといくつかのケーキを私が皿に乗せて運び、白秋は酒類を手に持って先を歩く。白秋の部屋の中には数日前に私が置いた場所にそのままコントローラーが置いてあった。少し申し訳ない気持ちになりながらサイドテーブルを引っ張ってきて、運んできたグラスやケーキを並べる。

「俺、誕生日にケーキ食べるの久しぶりだな」
「そうなんですか?」
「男ばっかりだとあんまり食べないし」
「……たしかに」

 あの面子でホールケーキを囲む姿はあまり想像できない。白秋の仕事仲間はみんな優しい人たちだったが、やはり少しカタギと違った凄みがあるような気がした。彼らが実際のところどういった仕事をしているのかは分からないけれど。

「どれ食べる?真さん選んでよ」
「そこは主役が優先です」

 モンブラン、シュークリーム、ショートケーキ、ガトーショコラの四種類を白秋は横から見たりしながら慎重に選んでいる。その姿は少し幼く見えて、可愛らしいと思った。

「シュークリームにする」
「ケーキじゃなくて良いんですか?」
「うん。食べにくそうだし」

 そう言えばフォークがない。
 キッチンから取って来ようと立ち上がった私の手を突然白秋が掴んだ。びっくりして、掴まれた手とその先にある白秋の顔を交互に見比べる。

「……どうかしましたか?」
「行かないで」
「すぐ戻って来ます。フォークがなくて」
「そんなの要らないから、ここにいてよ」

 有無を言わさぬ物言いに仕方なく再びその場に座り込んだ。テレビ画面の中では怖い顔をした貧乏神が私の電車の後ろにくっ付いて来ている。

「うわ、私が一番遠かったんですね…!」

 この手のゲームで勝てたことがない私はコントローラーを拾い上げながら慌ててアイテムを探る。こういう時に限って特別なカードを持っていなかったりするのだ。

「ねえ、真さん」
「はい?」
「前に言ったと思うけどさ、俺は真さんの力になりたい。自分の価値を見誤らないでほしいし、真さんのことを傷付ける人の側には居てほしくない」
「……ありがとう。気持ちは嬉しいけど、」
「もし、この家を出たら真さんはどこに行くの?」

 今日はもう五日目。それもあと数分で六日目に突入する。つまり、明後日にはもう私は須王白秋の元を離れて自由の身になれるということ。

 どこに行くんだろう。
 名古屋に帰る?そうだ、仕事と生活があるんだから帰らなくてはいけない。連絡も少しは来ているだろう。取得する権利があるとは言えども、いきなり有給申請を送ってきた私を疎ましがる上司も居るはずだ。

 それとも、また中原慎也に会いに行くつもり?


「………帰ります。自分の家に」

 白秋の追及を逃れるために顔を伏せる。私が愚かな行動を繰り返すのではないかと、彼はきっと疑っているから。

「なら良いけど、あまり自分を犠牲にしないでね」
「…ほどほどに引けるようにがんばります」
「俺言ったよね?殴るだけが暴力じゃないよ。真さんの心をボロボロにする奴は大切にしてくれる相手じゃない」

 そういえば、そんなことを彼は言っていた。あの時は屁理屈を捏ねているのかと思ったから難しい性格なんだな、ぐらいにしか考えていなかったけれど。

 白秋の母親が本当に須王正臣に心を壊されたのだとすると、私を心配してくれる彼の言葉を素直に受け止めたいと思う。もう縋ってはいけないと頭は理解している。


「これね、父親が母親に贈った指輪なんだ」

 左手を顔の前にかざして白秋は目を細めた。薬指に嵌めた細い指輪が柔らかく輝く。

「サイズも全然合ってなくてさ、俺が広げる前からだいぶブカブカだったよ。18のガキんちょの興味を引くだけだから何でも良かったんだろうね」

 その指輪に込められた意味を知って複雑な思いを抱いた。どんな言葉も安っぽい同情に聞こえる気がして、私は口を噤んだまま白秋の横顔を見つめる。

 白秋の母親は18歳の時に、当時40歳だった須王正臣に出会った。相手がどう思っていたかは分からないが、彼女にとっては恋だったのだろう。一人で白秋を産んで、迎えに来ない男を待つ気持ちを思うと心が痛んだ。

「本当に馬鹿だよね。騙されてるって分かってたはずなのに、どうして信じたんだろう。死んでから挨拶に来ても遅いんだよ……」

 初めて見る不安定な姿に戸惑う。
 家政婦にしては出過ぎた真似だと思ったけれど、白秋のこんな顔を見るのは辛くて、思わず項垂れた頭を撫でた。少しだけ驚いたように揺れた肩も、撫で続けるに従って力が抜けたように丸くなる。

 重力に従って落ちてきた白秋の頭が私の膝に乗る。
 目を閉じたまま撫でられ続ける彼は猫のようだ。

「真さん、同情ついでにキスして貰ってもいい?」

 パッと目を開けた白秋が真剣な顔でそんな事を言う。

「何言ってるんですか。ついでって…」
「誕生日だし、雰囲気的にいけるかなと思ったんだけど」
「ついでなんて無いですから!」
「じゃあさ、俺が透明人間じゃなくなったらしてよ」

 その時は須王白秋の意味するところが分からなくて、私はまた彼の軽口が始まったと呆れて聞いていた。膝の上に乗る彼の頭のちょうど良い重さだったり、耳に届くその笑い声を心地よく感じながら。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

召喚されてすぐ婚約破棄と追放を受けた私は、女神としてクズ共ごと国を封印することにします。

coco
恋愛
異世界に召喚されたら、すぐ王子に婚約破棄されました。 出会って10秒の出来事です。 しかもおまけのはずの妹が王子の相手に選らばれ、私は追放が決定しました。 もういわ、私を必要としないあなたなんてこっちから願い下げです。 私はすぐにその場を去ると、女神としてその国をクズ共ごと封印することにした─。

処理中です...