【完結】愛してくれるなら地獄まで

おのまとぺ

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13.誕生日の夜

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 鍋の底が見え始める頃には宴もたけなわになり、泥酔して床で寝る者、半裸で野球拳に興じる者が出てきた。空になった皿を集めて、シンクに移動させていたら白秋に礼を言われる。

「ありがとうね。呼んでおいて片付けまでさせてごめん」
「いいえ、美味しかったです。ごちそうさま」

 白秋は横になった男たちに声を掛けながら、帰る準備をするように促している。ポニーテールの運転手だった男は、どこから持って来たのかウクレレを抱いたままソファで眠っていた。

 皿を洗っていると換気扇の下に煙草を吸いに来た男と目があったので、頭の上に乗ったハート型のサングラスを見ながら会釈をした。

「白秋さん、今日誕生日なんですよ」
「え?」
「だからカニ鍋しようってなって。急遽集まることになったんです」
「そうだったんですね……」

 いきなり開催された豪勢なカニパーティーだったので何事かと思っていたが、誕生日だったとは。白秋は25歳だと言っていたから今日で26歳になったということ。そんな話まったく彼はしないから、知らなかった。

「白秋さんの親の話聞きましたか?」
「……はい、少し」
「母親が亡くなったの26歳だったらしいです。以前、自分も酒の席で白秋さんから聞いたんですけど」

 何と返答すべきか言葉に詰まった。
 そんな私の様子を伺いながら、男は言葉を続ける。

「家政婦でも情婦でも誰でもいい。今日は白秋さんを一人にしないで欲しいんです」
「……あの、私は…」
「お願いします」

 煙草の火を消して頭を下げるものだから、私は頷くしかなかった。情婦ではないし一週間という条件付きの家政婦なのだけど、そんな人間がこんな重要な任務を任されていいのだろうか。私なんて、この場に居る誰よりも白秋のことを知らないというのに。

 ポニーテールの男をウクレレで叩き起こしている白秋を見つめる。笑った顔は年相応に若く、その姿から彼の過去などまったく想像も付かないだろう。

 感情を出さずに淡々と話すときも、人の心を抉って追及するときも、無邪気に笑うときも、須王白秋は一人の同じ人物。



◇◇◇



「昨日のこと、ごめんね」
「え?」

 最後の一人を玄関から送り出して扉を閉めると、白秋は私に向き直ってそう言った。

「部外者なのに口出しし過ぎたなと思って。反省した」
「反省だなんてそんな…私こそ、子供みたいに部屋を出て行ってすみませんでした」
「うん。あれは子供っぽかったね」

 私の顔を上から覗き込みながら意地悪く笑う白秋を睨むと、いつもの調子で「ごめんごめん」と流される。

 
 白秋を一人にしないで欲しいと言われたけれど、具体的にどうすれば良いのか。私たちは部屋も別だしもう時間も時間なのだ。さすがに一緒に眠るなんて間柄ではないし、見たところ白秋に変わった様子もない。むーんと考えながら、思い当たったことを口にした。

「白秋さんケーキ食べましたか?」
「ケーキ?なんで?」
「今日誕生日だと伺ったので…」
「あー誰か言ってた?気遣わないでね」

 困ったように手を合わせる白秋を見上げる。

「あの、食べませんか?ケーキ」
「ん?買って来てくれるの?」
「はい。何かリクエストはありますか?」
「でも真さんを一人で行かせたら、逃げないか心配だな」

 白秋は暫し考え込んで、閃いたという風に手を叩いた。私は彼の名案に耳を傾けて待つ。目の端に映る時計はもう11時半を過ぎていた。早く食べないと誕生日ケーキの意味を失ってしまう。

「手、繋いで行こうよ」
「へ?」
「真さんが逃げないように手を繋ごう。ね?」

 勢いに押されて恐る恐る差し出された手を取る。「コンビニしか開いてないかな」と言いながら歩き出す白秋は、私の歩幅に合わせてくれているのか心なしゆっくり歩いている気がする。それだけで自分の立場も顧みずに嬉しくなってしまい、私は頭を振って雑念を振り払った。

 地上階に降りると時間も時間なので人はまばらだった。酔っ払い同士でくだを巻くサラリーマンの男たちや、橋の上で見つめ合うカップルを通り過ぎてコンビニを探す。白秋と私は他人の目にどう映っているのだろう。


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