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12.理解不能
しおりを挟む金曜日の夜だったので、テレビをつけて偶然掛かっていた映画を観ていたら部屋の扉がノックされた。警戒しながら開けると、スーツを着た白秋が立っている。カニを持って来ていたポニーテールの男もかっちりした格好をしていたし、今日は何か特別なイベントでもあったのだろうか。
「どうしましたか?」
「真さん、まだ居てくれたんだね」
「…スマートフォンとか貴重品もなかったので」
「ああ。そうだったね、ごめん」
早く一人になりたくて開いた扉の隙間を少し縮める。
「ね、鍋食べない?」
「私はいいです。皆さんで好きに…」
その時、ちょうどタイミング悪くお腹が鳴った。私の腹はとうとう人間の会話を理解できるようになったらしい。慌ててお腹を押さえる私を見て、白秋は口元に手を当てて笑う。
「いいね。真さんの身体は正直だ」
「……いいんですか?ご一緒しても」
「鍋とか焼き肉は大人数の方がいいでしょう」
準備できたからおいで、と手招きされたのでテレビを消してその後に付いて行った。
リビングではもうすぐ始まる宴会に向けて、鍋の中でグツグツとカニが煮立っていた。大きな赤い脚は収まり切らずに少しはみ出している。
ポニーテールの男の他にも5人ほど男が加わっていた。こんな男女比で食事をしたことがないので緊張する。ただでさえ彼らからしたら私は『誰?』状態なのだ。自分の隣の席を引いて座るように促す白秋に、視線で助けを求めた。
「……えっと、こちらは家政婦の真さんです。住み込みで俺の世話して貰ってるから、みんなも仲良くして」
そんな近所の子供に紹介するような白秋のゆるい紹介に対して、男たちは口々に返事をする。どうしたら良いか分からずに、とりあえず頭を下げておく。
乾杯の合図で宴会は始まった。
立ったまま換気扇の下で煙草を吸いながら話す人、椅子が足りないのでソファに移動する人、それぞれ自由に楽しんでいる。その雰囲気だけで少し楽しくなってしまって、久しぶりに心の緊張が解けた。
「食べてる?」
テレビに映ったアイドルのうち誰と付き合いたいか、という話し合いを真剣に展開する男たちを微笑ましく見ていたら、隣から白州が覗き込んできた。びっくりして上体を引きながらブンブン頷く。
「食べてます、いっぱい」
なんとか答える私の皿に白秋はお玉で掬った豆腐やら肉団子を盛り付けた。もっと食べろという彼の優しさだろうか。お礼を言う私の声に『あ!』という大きな声が被った。
見るとソファに座った男の一人がこちらを指差している。
「白秋さんが家政婦とイチャついてる!」
「いや、そういうんじゃ…」
慌てて、顔の前で否定のために振った右手を白秋が掴んだ。ニコニコした表情でギュッと力を込められる。
「まだそんな関係じゃないよ。俺、結構真剣だから茶化さないで見守ってほしいな」
開いた口が塞がらない私を横目に、白秋は男たちの冷やかしに応えている。これが男のノリというものなのだろうか。堅物で生きてきたので、こういう冗談への耐性が皆無なのだけれど、ここで本気にして場を白けさせても良くない。私はカニの身を一心不乱に穿り出すことで心を落ち着かせた。
須王白秋は、相変わらず理解不能だ。
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