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06.オリーブと赤ワイン

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 家政婦生活三日目。

 今日は家中の部屋に掃除機を掛けて回った。他人の下着を畳む恥ずかしさにもいい加減慣れて来たし、本当に家政婦って向いてるのかもしれない。

 洗濯できるので自分が持って来た服だけでも何とか足りるけれど、昨日の夜に白秋からファストファッションの代表格である店で買い揃えた服が入った袋を貰った。「ウエストとか分からなかったから全部ワンピースにした」と聞いていた通り、3着ある服はすべてワンピース。丁寧にブラとパンツまで入っていたが、そちらもナイトブラみたいなSML展開されているものが3セットだった。

 まあ、べつに家から出ないし。白秋以外の人には会う予定もないし。そんなことを考えていた日の夜、事件は起こった。

 お忙しい須王白秋はその日も夕食の時間には家に居らず、私は一人お先に風呂に入っていた。自分の家より広いお風呂でスイスイと手を広げて泳ぐような動きをしてみたりして、充実したバスタイムを満喫していたのだ。

 シャンプーを済まして身体も洗い、もう一度湯船に浸かったら出ようかなと思っていた矢先、ガチャガチャと玄関の鍵が開く音がした。その時はまだ『白秋が帰って来たんだ』ぐらいの感想しか抱いていなかったが、何やら会話をしながら二人の人間が廊下をこちらに向かって来ることに気付いた。

(………え、二人?)

 音を立てて存在をアピールすべきか、完全に息を殺して存在を消すべきか悩んでいたところ、勢いよく洗面所の扉が開く。洗面所と浴室は隣り合わせになって続いているため、いくら気配を消したところで明かりは漏れているわけで。


「待って、誰か居るんだけど?」

 不信感マックスの若い女の声がした。一応着替えやらはタオルの間に挟んで洗濯かごの中に入れているけれど、そういう問題ではないらしい。

 そりゃあそうだ、自分がよろしくしようと思った男の家に上がり込むと誰かが風呂に入っている。怪しいことこの上ないし、白秋には申し訳ないけれど意図せず修羅場が生まれつつあった。彼がこの場をどう切り抜けるのか、実に実物ではある。

「いつも家に一人じゃん!誰よこれ!」
「ああ。家政婦さんかな?」

 あっさり私の存在を明かすことに驚いた。

「はあ?家政婦って女?」
「うん。真さんって人、30歳だよ」
「なんで家政婦がこんな時間に家に居んのよ」
「だって住み込みで働いて貰ってるし」
「………は?」

 分かる。私もそんなこと、このシチュエーションで言われたら絶対に『は?』って返すと思う。言わなくても良い私の名前やら年齢をベラベラ喋ったって火に油だ。息を潜めながら静かに相手の女に同情した。

「涼くんさ、私のこと馬鹿にするのも大概にしてよ」
「え?馬鹿にしてないよ?」
「今まで他に女居ても見ないフリしてた。来る度に新しい女のものが増えてても何も言わなかった」

 やっぱり自分以外の女の存在には気付くのか、と感心しながら聞き入っていたらガシャンッと何かが落ちる大きな音がした。思わず浴室の中で身構える。

「見える場所にこんなの置かないでよ!私以外に何人居るの!?」
「里奈ちゃん、落ち着いて。俺たち付き合ってるわけじゃないんだからさ」
「もういい、帰るから!死ねこのヤリチン!」

 バタバタと廊下を走って女は去って行った。白秋は後を追う様子を見せない。一人しか去っていないということは、彼はまだそこに居るということ。さすがに責任を感じて、風呂の中から声を掛けた。

「……白秋さん、ごめんなさい」

 悪気はないとは言え、彼女が去った原因は私にある。

「いいよ。真さんは悪くないし」
「もう上がりますね」
「俺も一緒に入っていい?」
「え?」
「冗談だよ」

 驚いて固まると、小さな笑い声が聞こえてきた。揶揄からかわれたのだと思うとカッと顔が赤くなる。白秋が私と風呂に入るメリットなんて皆無だし、一瞬でも本気にした自分を恥じる。

 今更ながら、扉一枚隔てて、全裸の私のそばに白秋が居るという現状もどうなのか。

「足元に色々落ちてるけど捨てといて貰ってもいい?」
「あ……分かりました」

 そう言って白秋は浴室を出て行った。

 つい先ほど、女と修羅場を繰り広げたというのにこの落ち着きよう。こういった場面には相当慣れているのかもしれない。風呂から出ると、洗面台の上やらに点在していた化粧水や乳液のボトル、小さな女物の香水瓶が床に落ちていた。

 それらを拾い集めて、いったん浴室のゴミ箱に入れる。細かい分別はあとで白秋に確認するべきだろうか。でも彼がゴミの分別を理解しているとも思えない。今まではお手伝いの家政婦さんがすべてやっていたようだし。

 困ったなと思いながら水を飲むためにリビングに向かうと、電気が点いていた。ドアを開けると白秋がワインのボトルを片手に冷蔵庫を漁っている。

「お風呂お先です。ありがとうございました」
「うん。片付け頼んでごめんね」
「いいえ…」
「今から飲むんだけど、どう?」

 白秋は手に持った赤ワインと、冷蔵庫から発掘したであろうオリーブの瓶を上げて私に見せた。当たり前に何の予定もないので快く承諾する。

 お風呂上がりのすっぴんだけれど、別に相手は5つも年下の何人女が居るか分からないような男だし。距離を縮めて信頼関係を築くためにも、これは大きな一歩かもしれない。


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