【完結】愛してくれるなら地獄まで

おのまとぺ

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05.願わくば信用されたい

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 住み込み家政婦生活も二日目になると慣れてきた。

 やることは洗濯と掃除、食器洗いぐらいで、食器洗いに至っては白秋がほとんど外食で済ますため自分が食べた分のみ洗い物が発生した。正直言うと、今まで経験してきたどんな仕事よりも楽だ。

 ゴトンゴトンと回り続けるドラム式洗濯機を見ながら、壁に寄りかかる。

 会社の人や家族は私に連絡を寄越したりしていないだろうか。ちょうどゴールデンウィーク明けということで、連休中休まず働いた分の代休と余っていた有給をくっつけて申請出来た。自分の裁量で仕事ができる今の部署だから良かったものの、連携が必要な仕事だったら鬼電の嵐を受けたはずだ。

 初日に分かったことだが、須王白秋はほとんど日中家に居ない。昨日は昼近くにフラッと何処かに出掛けると、深夜まで帰って来なかった。たまたまトイレから戻ったタイミングで廊下で鉢合わせたので挨拶をしたところ、聞き取れないぐらい小さな声で何か言ってモソモソと部屋へ戻って行った。

 滅多に出会えない人間とどうやって信頼関係を築けば良いのか。そもそも私は彼のことを何も知らない。この法治国家において、存在しない人間というのも信じ難いし、彼が昼の間に何をしているのかも全くもって謎だった。

 そういえば、初めて会った日は指輪をしていたから、結婚している可能性もある。今時の若い子は付き合ってる段階でも薬指に指輪をするらしいから、彼女という可能性も否定できないけれど。

(今度聞いてみよう……)

 少しぐらい情報をもらっても良いはずだ。何せ私が与えられた課題は、彼に信用されることなのだから。



◇◇◇



「あの、少し話す時間をいただけますか?」
「うん。ちょっと着替えてからでもいい?」

 珍しく夕食の時間に帰って来た白秋を逃すまいとリビングへ駆け込むと、驚いた顔をされた。今日の彼は作業着のような服を着ている。本当にどこで何をしているのだろう。

 冷えた肉じゃがを温め直しながら、白秋が戻ってくるのを待った。食事の準備は基本的に要らないと言われていたけれど、一人分だけ作るなんて難しいのでどうしても余りは出るし、彼が食べないならば明日自分が食せば良いだけの話だ。


「ごめん、お待たせ。そういえば昨日の夜に廊下で会ったよね?眠すぎてあんまり覚えてないんだけど」

 白秋はパーカーに昨日着ていたようなスウェットパンツというラフな格好でリビングに入って来た。

「そうですね。私はお手洗いに行ってて」
「態度悪くなかった?気悪くしたらごめんね」
「いえ。お仕事忙しいんですね」
「んーまあね。ただの使いっ走りだけど」

 なんだろう。白秋と話していると、どうも本音で話し合えている気がしない。会話に内容がないと言うか、適当に合わせてあしらわれているような。表面上の会話というのは、こんな感じなのだろうか。

「肉じゃが作ったんですが、どうですか?」
「あ、すごいね。自分で作ったんだ?」
「すみません。要らないとは伺ってたんですが、作り過ぎてしまったので…べつに無理には、」
「ありがとうね。貰おうかな」

 ニコニコと微笑むから、量を加減しながら机の上に肉じゃがと米、ほうれん草の胡麻和えを並べた。いただきますと手を合わせた白秋が箸を手に取る。

「うん。美味しいよ」
「お口に合って良かったです」

 黙々と食す白秋を前に、気になっていたことを聞くタイミングを探っていた。食事中に話し掛けるのは宜しくない?でもこのまま座って無言に耐えるのも結構厳しいものがある。

「そういえば話って何?」

 頭の中で葛藤していたら、白秋の方から話しかけてきた。肉じゃがはもう半分ほどなくなっている。

「あ、あの…信用していただくために、白秋さんのことを知ろうと思いまして」
「教えられる範囲ならいいよ。何が知りたい?」
「年齢っておいくつですか?」
「25。真さんは30だから、お姉さんだね」

 どうして私の年齢を、と前のめりで聞きそうになったが、そういえば出会った初日にスマートフォンと共に身分証なども預けていたのだ。彼がまさかそんな情報まで目を通していたとは思わなかった。

「……あ、そうですね」
「次の質問は?」
「あの、指輪されてますけどご結婚は…」
「ああ。これね」

 白秋は左手を気にする素振りを見せる。その指には今日もシルバーの細い指輪が光っていた。男性向けにしては華奢なデザインだ。

「ただの女避け。あんまり絡まれてもちょっと疲れちゃうんだよね。女性って結構、男が指輪してるか見るんでしょう?本命の彼女居るとか、結婚してるって思われた方が好都合だからさ」
「………なるほど」

 そういった理由で指輪をする人間が居ることは知っていたけれど、実際目の当たりにすると何とも言えない気持ちになる。須王白秋という人間が如何に女性にモテるかを理解するには十分な話だけども。

 既婚を隠していた元恋人は、指輪なんて最初から嵌めておらず、指輪焼けすらなかった。サイズアウトしたとか何か理由があるんだろうけれど、やすやすと騙された自分を思い返すと泣けてくる。二年という月日は決して短くはないから。


「次は真さんに質問しても良い?」
「え…私?」
「そう。俺だけが提供するんじゃ、フェアじゃないよね」

 白秋は言いながら、最後の一口を口に運ぶ。私が盛り付けた料理は綺麗さっぱり平らげられていた。ごちそうさま、とご丁寧に手まで合わせてくれる。

「……何が知りたいですか?」
「そうだな。先ず、何で名古屋ナンバーの車があんなところ走ってたのか教えてほしいな」

 ドキッとする。

「……それは…」
「仕事で来たの?それにしては、デートにでも行くみたいな服装だったよね。友達かな?でも、俺が携帯を回収するまで真さんは会社と親にしか連絡してないよね」

 別に隠すことではない。こんな状況で、白秋に恥を晒したところで来週になれば私たちは他人。もちろん、無事に信頼関係を築いてお許しを貰えたらの話だけど。

 意を決して口を開く。

「婚約破棄された恋人に会いに来たんです。二年付き合ってたけど実は既婚者だったって言われて、意味分からなくて…」

 思い出さないようにしていた辛い気持ちがまた込み上げて来る。情緒不安定な女だと思われたくないので、思いっきり目を開いて涙が溢れないように細心の注意を払った。

「それは辛かったね。頑張って東京まで来たんだ」
「………っう、」
「車ぶつけて俺みたいな奴に拉致られちゃって、本当に散々だったよね。可哀想な真さん」
「か、可哀想って言わないで……」
「人間関係に泣かされないための秘訣教えてあげようか?」

 何をいきなり、とポカンとした顔で涙を浮かべる私に白秋は異常に爽やかな笑顔を向けた。

「人を信じないこと、そして人に期待しないこと」

 この二つを徹底すればもっと人生は楽になるよ、と簡単そうに言う白秋を見ながら眉間を押さえる。それが出来れば私は今こんな場所に居ないと彼に教えてあげたい。

 というか、人を信じないことをモットーとする須王白秋を相手に私はいったいどうやって信じられる人間であることを証明すれば良いのか。



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