5 / 21
04.彼にとっての正論
しおりを挟むボーッとテレビを見ながらベッドの上で寝そべっていた。どこかの街で放火があって人が死んだというニュースをリポーターが真剣な顔で説明している。ワイプで映った芸能人たちは、いかにもという顔を作ってその話を聞いていた。
いつもの日常だ。
驚くほどいつも通り。違うのは、ここが35平米の私の家ではなくて、馬鹿みたいに広い、人に与えられた期限付きの部屋であるという点。緊張からかあまり眠れず、目覚ましも掛けていないのに5時半には目が覚めた。
「さすがにまだ起きてないよね…」
あと30分ぐらいしたらキッチンに行っても良いだろうか。須王白秋という人間のことを理解できていない以上、彼の行動パターンも謎に包まれたままだ。
貸してもらったスマートフォンでその名前を検索してみても、当たり前だけど何もヒットしなかった。彼の父親である須王正臣に関しては、離婚歴もなければ愛人の噂も一切出てこない。白秋が言っていた辞めた家政婦の話は何だったのか。
一人で考えても答えは出ないので、気持ちを切り替えてネットスーパーを検索してみる。利用したことはなかったが、最短10分ほどで届く店もあったので、とりあえず牛乳やパン、卵などの必要最低限のものを注文した。支払いは後払いで請求書の情報を白秋に渡すことになっている。
元恋人の職場に突撃する予定だったため、一日分の着替えや基本的なメイク道具は持って来ている。食材が届くまでの間に洗面所へ移動して、化粧をすることにした。
(………それにしても)
電気を付けて改めて見渡すと、有名デパコスブランドからオーガニック系まで、様々なスキンケア用品が置かれていた。それらはすべて白秋の家を定期的に訪れる女たちが置いて行ったものだと思うが、あまりにも多い。誤って手が当たって落下したりしないように、慎重に歯磨きをして顔を洗った。
化粧をしながら鏡の中の自分を見る。
昨日の朝、家を出たときは自分がまさかこんなことになるなんて1ミリも考えなかった。あの時はただ、ショックと焦りが頭を支配していて、自分が選ばれなかったという事実に気が狂いそうだったから。
溜まりに溜まった洗濯機に使ったタオルを放り込む。この時間から回して良いものか悩むけれど、一度で回しきれない量なので半分に分けて1回目のスイッチを入れた。
「がんばろう。要は、信用されれば良いだけ」
頬っぺたを叩いて洗面所を出る。
部屋にメイクポーチを戻したらキッチンへ向かった。
電気を付けずに部屋を横切って玄関へ近付く。ネットスーパーで頼んだ注文は『配達済み』に変わっていた。覗き穴から外を見ると、確かに四角い段ボールが置いてある。静かに鍵を開けて、その小さな段ボールを中に持ち込んだ。
冷蔵庫の中身はすっからかんだが、調理器具だけは一通り備わっていたのでフライパンと包丁を取り出して水で軽く洗う。届いた段ボールの中身を整理して、トマトに包丁を押し当てたところで背後から声がした。
「手、切れるよ」
「っうわあ!」
パチン、と音がして部屋の電気が点けられる。黒いTシャツにグレーのスウェットパンツを履いた白秋が眠そうな顔で部屋の入り口に立っていた。
「ごめんなさい、煩かったですか?」
「ううん。なんか人の気配がしたから」
「…気配?」
昨日案内された白秋の部屋からキッチンまでには結構な距離がある。そんなまさか、と思いながら目を泳がせた。
「まな板使わないの?手の平の上で野菜切る人、俺初めて見たよ」
「あ……面倒だったので」
「女の子なんだから、怪我したら大変」
「女の子というほど若くは…」
照れながら思い出したけれど、その女の子相手に加減のないグーパンチを入れたのは誰だったか。
冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出して蓋を開く白秋を見る。不満に思う気持ちが表情に出ていたのか、暫く睨み合いのような間が生まれた。
「なに?」
「いえ、女の子なんて言うけどグーパンしましたよね」
「べつに俺、女子供を殴らないなんて言ってないよ」
「……そうですけど」
「殴らないことが優しさとも限らないし、殴ることだけが暴力じゃないんだから」
平然と意味の分からないことを言ってのける。あれ。今更気付いたけれど、もしかしてこの須王白秋という男は話が通じない?というか、自分を正当化して私との話し合いを避ける節があるような気がする。
反論のために口を開きかけたが、私がここに居る目的を思い出して何も言わずに頷いた。
「そういえば、聞き忘れたんだけどさ」
白秋はキッチンの吊り戸棚からカッティングボードを取り出して、私に手渡す。ちょうどトマト一個を切るためにあるような大きさのそれを受け取った。
「真さんって彼氏とか居るの?」
「……え?」
「いや、家族構成は聞いたけど、恋人でも居たら心配かけちゃうかなと思って」
「…今は居ないので大丈夫です」
今は、という言葉を付け足したのは単なる私の強がりだ。二年付き合った男が実は既婚者で先週フラれたばかりです、なんて言葉にすると惨め過ぎるし、すんなり人に話せるほど心の整理はついていなかった。
「そうなんだ。じゃあ新しい恋に期待だね」
暗くなった私の雰囲気を察してか、明るい声で白秋はそんなことを言う。私は答えに困って、曖昧に笑ってやり過ごした。
10
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる