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00.プロローグ
しおりを挟む部屋の中は煙と酒の匂いが充満している。
禁煙が声高に叫ばれているこの時代にしては珍しいし、喫煙者にとっては天国のような空間だろう。私には地獄に限りなく近いのだけれど。
須王白秋はストライプのスーツから覗く銀色の腕時計を確認して溜め息を吐いた。そのいかにも高級そうな腕時計だけで軽く私の年収数年分はあるはずだ。
「あまり時間がないから単刀直入に聞きたいんだけど、命は大切にする方?それとも結構どうでも良い感じ?」
「はい?」
朝食はパン派かごはん派か聞くような軽いノリで、とんでもないことを聞いてくる。
「俺には秘密が3つあってね、3つとも知った人間はもれなくこの世から消えるお約束になってるんだ」
「な…何を言ってるんですか?」
「1つ目は名前と顔。須王白秋という人間は存在しないことになっているんだよ。これで一つアウト」
「アウト……?」
「2つ目は俺が須王正臣の息子であるということ。はい、これが二つ目のアウトだね」
「さっきから何を……!」
淡々と続く言葉は決して会話するためではなく、彼は私の反応など見えていないかのように話し続ける。
「それで、ここからが3つ目なんだけど、須王グループの傘下には海外のマフィアが絡んでいる。連結子会社なんて聞こえの良い言葉で隠しているけれど、中身は実態のないブラックボックス。君が追突した車が運んでいたのはそのマフィアの手下の首ってわけ」
驚きに目を見開く私の前で須王白州は3本の指を立てて見せた。結婚しているのか、左手の薬指には細い指輪が光っている。こんな優しい笑顔で命の選択を迫られるなんて、私は聞いたことがない。
未だに実感が湧かない、何もかも。
「あ、3つ目教えちゃったね。君が明確に理解していたのはたぶん2つ目までだと思うけど」
ごめんごめん、と言いながら男はガラス板で出来た机の上に白い粉が入った小さな袋を置いた。
「何ですかこれ…?」
「青酸カリ。なるべく楽に死んでほしいから、女の子にはだいたいこれでお願いしてるんだ。派手な方が良ければ頸動脈でも切ってあげるけど、そういう方が好き?」
「………私、言いません。車で見た箱の中身は誰にも言いません!見逃してください…!」
脚が、声が、震える。
人間はいつも適当に生きているけれど、いざその命が死の危険に晒された時は無条件で生を求めるように出来ているらしい。こんなことなら、昨日の夜はカップラーメンなんかじゃなくてステーキでも食べておけば良かった。
「うーん、口約束ってあんまり好きじゃないんだよね」
「本当です!信じてください!」
「俺は君のことを何も知らないけれど、君は俺の何を知っているの?信じてくださいなんて、よく簡単に言えるなぁ」
「………っ」
言葉に詰まる。
確かに、つい数時間前に出会った男に対して『信じてくれ』なんてお願いしたところで効果は知れている。それは、私がこの胡散臭い笑顔を信じられないのと同じ理由で。
「じゃあさ、こうしようよ。一週間だけ俺の家でお手伝いをするのはどう?それで信頼関係が築ければ君の勝ちだ」
「勝ったら見逃してくれるんですか…?」
「うん。その可能性もある」
須王白秋はいかにも善人といった笑顔を私に向ける。
深く考えるよりも先に、私は頷いた。
もう30年も生きてきたけれど、やはり命は惜しい。これからはもっと毎日を大切に生きるように努める。ダラダラと消費するのではなく、恋も仕事も真面目に。この命を賭けたゲームに勝てたのならば、きっと。
ーーこうして、私の期間限定の同居生活が始まった。
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