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フランチェスカ 二十三歳
しおりを挟む王都アグリムは、それはそれは素敵な街でした。
当初の私にはすべてがキラキラと輝いて見え、道行く男女はみんな洗練された女優や俳優のように見えました。強力なフィルターが掛かっていたことを、今なら認めます。
自分の店を持ちたいと思っていた私ですが、わずかな資金でその夢が叶うはずもありません。私は昼はお針子として洋裁店に勤め、夜は飲み屋で働き始めました。
働き詰めの生活は最初こそ苦しかったものの、慣れてくると楽しくなってきました。自分で言うのもなんですが、器用な方だったのだと思います。
王都に出て七年が経ち、二十三歳になる頃にはいくつかの恋を経て、真剣に将来を考える相手も出来ました。
相手の名前はトム・バーガンディといって、不動産業を営む資産家でした。身分が不釣り合いであることは分かっています。しかしながら、住む世界の違う相手からデートに誘われるのは悪い気がしません。私だって王道的なラブストーリーを読んで育ってきたものですから、貧しい娘が裕福な男に見初められる展開に憧れはあったのです。
しかし、トムには婚約者が居ました。
相手はトムと同じ公爵家の令嬢で、どうやら親が勝手に取り交わした約束事だったようです。恋愛感情のない異性と結婚して、生涯を共にすることを彼は「つまらない」と言って一蹴しました。
トムはとても優しい男性だったので、私を悲しませるようなことはしませんでした。困らせることもしませんでした。ただ、定期的に店に姿を見せて、一緒に酒を飲んで帰って行く。そんなプラトニックな関係が何年か続きました。
婚約者が居る上に告白もされていない男との将来を夢見るなんて、馬鹿げていると笑いますか?
そうですね、田舎町でくすぶっていた私なら「頭がおかしくなったの?」と口を尖らせて非難するかもしれません。
だけど私はそれでも幸せだったのです。
自分のものになるか分からない男に想いを寄せて、デートに誘われれば精一杯めかし込んで出掛けて行く。そんな日々が、当時の私にとっては、かけがえのない宝物だったのです。
そして、転機は突然訪れました。
トムが相手の令嬢と離婚したのです。
あれは確か私が三十代を迎える少し前、二十九そこそこの時期だったと思います。
珍しく深酒して落ち込んだ様子のトムに「どうしたのか」と聞くと、トムは素直に「妻が出て行った」と溢しました。私はその瞬間、頭の中で天使のラッパが鳴り渡った気がしました。
おめでとう、と言いそうになるところをなんとか堪えて「それは寂しいわね」と声を掛けました。タップダンスを踊り出してはいけないから、爪先にギュッと力を入れて自分を自制しました。
「おかしなことにね、寂しくないんだ」
トムはグラスを手に持ったままでそう言います。
私は先が気になって仕方がありません。
「どうして?」
「やっと自由になれたと思ったんだよ」
「自由……?」
「ああ、縛りのない自分だ。結婚は忍耐、これは相手方の親が僕に言った言葉だが、僕は耐え忍ぶ人生なんて御免だね。自由に生きたいと思う」
「トム、」
私は喉元まで込み上げた気持ちを、そのまま吐き出すべきかどうか一瞬悩みました。だけれど、トムの大きな手がスッと自分の手に重なった瞬間、それは堰を切って転がり落ちたのです。
「私なら…… 私なら、与えられるわ。貴方の自由が保証された幸せな結婚生活を。貴方を縛らないから、どうか私を選んで」
私たちはその年の冬に結婚しました。
私の名前はフランチェスカ・ロレインからフランチェスカ・バーガンディに変わりました。翌年の春には第一子となるマルグリットの妊娠も分かり、私たちの人生はまさに順調だったのです。
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