【完結】フランチェスカ・ロレインの幸せ

おのまとぺ

文字の大きさ
上 下
1 / 4

フランチェスカ 十六歳

しおりを挟む


 私には夢がありました。

 王都に出て一発当ててやるという夢です。

 私は冴えない小さな田舎町の雇われのお針子ですが、結婚して大金持ちになったらこんな場所はすぐに出て行くつもりなのです。

 必要なものは王子様の隣を歩くための素敵な靴。
 それと、ええ、やはり。大人しくて控えめな毛の長い猫も要るでしょう。犬はダメです。あれはよくワンワンと吠えますから、うるさくて私は苦手です。


「フランチェスカ、貴女に電話よ」

 お針子仲間のベラが身振りで私を呼びます。
 今日は日曜の昼過ぎ。本来ならば休日であるこの日に私が労働を強いられているのは、ひとえに我が家が貧乏であるからです。王様が再来週のパレードで着るという晴れ着を、私たちはせっせと縫っているのです。たった一回しか着られない服を、何時間という時間を掛けて。

「すみません。すぐに行きます」

 私はパッと席を立って廊下へ出ました。
 この店の電話はよりによって冷たい廊下の端の端にあるのです。隙間風が吹き込む真冬なんかは、手足がかじかんでまともにダイヤルも回せやしません。

「………お電話代わりました、フランチェスカです」

 電話口に出て二言ほど会話をしたら、私はすべてを察することが出来ました。手足がワナワナと震えて、気が遠くなるような感覚がありました。

 なんとか返事をして、電話を切ります。
 何事かと心配するベラに「早上がりしたいので店長に伝えてほしい」とお願いしました。ベラは知りたがりの顔で尚もこちらを見ます。

 私はその二つの目を真っ向から見据えました。

「お母様とお父様が亡くなったの。だから私は家に帰らなければいけないの、ごめんなさい」

「あっ………」

 こうしたとき、相手の頭の良さが会話に出ます。気が利く返しを出来るか出来ないか。ベラはおそらく後者なのでしょう。急足で店から出て行く私の背中には、なんの慰めの言葉もありませんでした。



 父と母の死因は、車に轢かれたことによる事故死でした。

 親戚だという叔母は嘆かわしい顔で「子を置いて先に逝くなんて」と何度も繰り返していました。しかし、大人とは恐ろしいもので、そんな風に同情を示してくれた彼女も、両親が遺したわずかな遺産の存在が明らかになると目の色を変えました。

 我が家は手一杯だからと言っていた叔母が「うちに来たら不自由はしないわ」と私を誘いました。肩に乗った分厚い手のひらからは無言のプレッシャーが伝わって来ました。

 だから、私は言ってやったのです。


「王都にお世話になった父の友人が居ます。何かあったらそちらに行くように言われていますので」

 あの時の叔母の顔は忘れられません。
 子供相手に見せる表情ではなかったと思います。

 かくして、私は少ない両親の遺産を持って王都アグリムへ向かう始発に飛び乗りました。

 素敵な靴ではなくて、服だっていつものボロです。
 だけども私は、何か自分の人生が今までとは違った素晴らしいものに変わるのではないかと期待していました。

 忘れもしない、十六の晩秋のことです。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

王宮勤めにも色々ありまして

あとさん♪
恋愛
スカーレット・フォン・ファルケは王太子の婚約者の専属護衛の近衛騎士だ。 そんな彼女の元婚約者が、園遊会で見知らぬ女性に絡んでる·····? おいおい、と思っていたら彼女の護衛対象である公爵令嬢が自らあの馬鹿野郎に近づいて····· 危険です!私の後ろに! ·····あ、あれぇ? ※シャティエル王国シリーズ2作目! ※拙作『相互理解は難しい(略)』の2人が出ます。 ※小説家になろうにも投稿しております。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...