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第四章 二つの卵と夢

78 オーランド・デボワ4

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 そうか、と返事を返しただけでワイズ・ミドルセンは何もそれ以上の意見は述べなかった。教師陣は各々考えがあるようだが、誰も何も語ろうとはせず、静かな時間がしばらく流れた。

 輪の中心に居るデボワ伯爵だけが居心地が悪そうに身を捩って周囲の反応を窺っている。やがて、痺れを切らしたのか、男は口を開いた。


「どうだった?有益な情報だろう……!」

 見上げた先でレオンがわずかに首を捻る。

「リンレイと戦った際、アイツはメンバーの管轄について話していた。極地会の幹部は四人居るということだが、どういう風に割り振られている?」

「名前の通りだよ。王都とサガンを囲むように分かれた四つの土地、マゼンタス、キュアノス、ヘール、メラニス。それぞれの土地に一人ずつだ」

「キュアノスの代表は誰だ?」

「言えない……!本当なんだ、言ったら消されてしまう!!ちなみに僕はマゼンタスの代表だったが、僕が捕まった今となっては今後どうなるのか全く想像も付かないよ」

「守るに値するとは到底思えない情報の質だな」

「そんな……っ!」

 床に手を突いた男の顔に、淡い桃色の髪がはらりと掛かる。コレットはその姿を見ながら、赤い森の中で出会った女のことを思い出した。彼女は確か自分がマゼンタスの管轄だと言っていたはず。


「デボワさん」

 男は涙が滲んだ双眼をコレットに向ける。

「マゼンタスの代表は女性ではないのですか?以前リンレイ先生を迎えに来たのは女性でした」

「あぁ、それは僕の妻だな」

「妻?」

「僕らは夫婦で極地会に参加していたんだよ。ま、何れにせよ僕が抜けたら彼女も立場を追われるだろうから、上手く身を隠すことだろう」

「やぁね、奥さんが心配じゃないの?」

 クロイツの質問に男は首を横に振る。

「心配なんかしないさ。ハニーは僕よりも強いし、極地会も彼女に危害は加えないはずだ。立場のある者を消すのは色々と都合が悪いからね」

 それよりも、とオーランド・デボワは焦ったそうにレオンにチラチラと視線を送る。この場において物事の決定権を持つのは校長であるミドルセンで間違い無いが、どうやら男は権力のある王太子の機嫌を伺っているようだった。


「どうなんだい?守ってくれるのか?」

 拝むように手を合わせる伯爵を一瞥して、レオンはミドルセンの方を向く。

「先生、彼の身柄は僕の方で預かっても?」

「構わんが…… そもそもマルティーナは君がプリンシパルに関わることに否定的じゃ。くれぐれも慎重に行動してほしい」

「でしょうね、僕はプッチ先生の期待を裏切りましたから」

「立場を弁えろとは言わんが、この国の未来を担う君を正しい道に導きたかった彼女の気持ちも汲んでくれ」

 それまで黙って話を聞いていたレオンの顔がわずかに曇ったのをコレットは見た。灰色の双眼は床を睨みつけたまま動かない。

「正しい道、ですか」

「あぁ」

「理想と綺麗事だけで命が救えるなら良い。でも、それで人が死んだらどんな言い訳をするんでしょうね。仕方がないでは済みません」

「レオン、あれは事故だった」

「違います」

 王子は苛立った様子で短く否定して、成り行きを見守るオーランド・デボワの首根っこを掴む。そのままパシッと背中を叩くと、伯爵の身体はみるみるうちに小さくなって透明な水晶玉の中に閉じ込められた。

 コレットがリンレイに捕まったときのようなその透明な檻の中で、デボワは懸命に何かを訴え掛けている。しかし、虫の羽音ほどもない声は誰の耳にも届かなかった。


「イリアスが死んだのは僕が弱かったからです。正確には、僕の魔法が相手の魔術に及ばなかった。ミドルセン先生、貴方が魔術を無効化出来るのは、今まで貴方より強い魔力の者と対峙したことが無いからに過ぎません」

「こら、レオン……!」

 慌てたように歩み寄るソロニカの手を振り払って、レオンは部屋の入り口へと向かう。コレットは少し悩んだ末にその後を追い掛けた。

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