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第三章 辺境伯の箱庭

53 アルバート・シモンズ

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「レオン………?」

 驚愕するコレットの後ろで細い声が聞こえる。

 振り返れば、それは一緒に部屋に入ったレイチェルで、見知った同期と再会を果たしたはずの彼女はこちらが心配になるぐらい震えていた。

「久しいな、レイチェル。顔も見たくなかったか?」

「そんなこと……!貴方、私が何度手紙を書いてもまったく返事を寄越さなかったじゃない!私たちがいったいどれだけ心配したと思ってるの……!?」

「どんな顔で会えって言うんだ?」

「………!」

「本当は分かってる。自分がこの場に居るべき人間じゃないことぐらい。だが、今日はアルバートに呼ばれたんだ。お前が来るとは聞いてなかった」

 それに、と灰色の瞳がコレットを捉える。
 酷い緊張のため心臓が跳ね上がるのを感じた。

「俺はそこの女に用事がある。説明責任ってやつを果たすためにな。アルバート、少しの間だけ二人にしてもらっても良いか?話が終わったら帰るから」

「そうピリピリしないでくれ。僕にとっては君もレイチェルも大切な友人だ」

「お前は人殺しも友達に数えるのか。尊敬するよ」

 シンと静まり返った部屋の中で、わけが分からずにオドオドしていると、同じように顔をキョロキョロさせて居心地を悪そうにするダコタと目が合った。

 お互い「どうしましょうね」と目配せをして、ただその場の成り行きを見守る。レイチェル曰く共にプリンシパルで学んだ三人の男女は、どうやら何らかの理由で仲違いしているようだった。


「………とりあえず、悪いが俺は急ぎだ。お前の屋敷でこんなことを言ってすまないが、あけてくれ」

「分かったよ。言っておくがレオン、この部屋の中で君の魔力を使うのは禁止だ。いや、領地全域で」

「神経質だな。べつに魔力は母胎に影響を与えることはない。生まれてくる子のことは心配するな」

「えっ?」

 うっかり大きな声が漏れた。
 ダコタが恥ずかしそうにお腹を隠す。

「えっと……ごめんなさい」

「あ、いいえ!謝る必要はないんです。こちらこそ、失礼しました。察しが悪くて……」

 しどろもどろに謝罪するコレットに「良いんですよ」と優しく声を掛けると、アルバートはダコタの肩を抱いたままでレイチェルの方を向いた。

「レイチェル、レオンがああ言っているから、僕たちは移動しよう。ちょうどグズゴベリーの実が成ったんだ。あれはコーヒー豆に似た香りがするので、ケーキに混ぜると美味しい」

「………そうね、行きましょう」

 レイチェルは部屋を出る直前、ソファに座ったままのレオンへと視線を投げ掛けた。

 しかし、王子はもうそちらを見ておらず、机の上に広げられた莫大な枚数の論文をつまらなさそうな顔で捲っているだけ。やがて扉は完全に閉まって、部屋には二人だけとなった。


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