52 / 99
第二章 夏の宴と死者の森
48 赤の森5
しおりを挟む「………ど、どういうことですか?」
「クライン先生も自分が死に戻ったことぐらいは気付いたはずです。貴女は確かに一度死んでいる。そして、レオンの力で再び息を吹き返した」
「何でですか!?私は殿下とは他人です……!」
「ははっ、なるほど。そうですねぇ」
おかしそうに笑うリンレイとは対照的に、レオンは険しい表情を崩さない。
レオン・カールトン。
セレスティア王国の王太子であり、王位継承権第一位である彼は次期国王の座を約束されている。王宮に住む王子様は、コレットにとっては文字通り「壁の向こうの人」だった。それは実在こそするものの、決して出会うことのない本の中の人物のようで。
「無駄話は良いだろう。時戻りの件はお前たちには関係ないはずだ。わざわざこんな場所までお引き寄せて確実に弱ったところを刈りに来たってことは、狙いはマーリンの魔導書か?」
「失礼な。私だって純粋に生徒たちと夏を過ごしたいという思いもあったんですよ。人間たちが群れているのを見ると、元気になるんです」
リンレイの赤い瞳が爛々と輝く。
その手が前へと突き出された。
「あぁ…… なんて、弱くて儚いんだろうってね」
ボフッと手のひらから吐き出された炎がコレットのわきを通過する。
(そっちには小屋が……ッ!!)
コレットが振り返った瞬間、小屋の上から降ってきた大きな龍が炎の球を飲み込んだ。龍を形取っているものの、それはよく見ると水。透明な液体の中で炎は一瞬にして消え失せて、ブクブクと泡を立てて龍もまた消失する。
自分の心臓の音が聞こえるようだ。
初めて見る魔法と魔術の対立。
「アーベルはどうした?ああ見えて一応ミドルセンが認めた教師だ、簡単に死ぬとは思えないが」
レオンの問い掛けにリンレイはコキッと首を鳴らす。
「死んじゃいませんよ。必要な情報を聞き出して、魔力を少し吸い上げただけです」
ニッと笑った口の端に血痕を認めて、コレットは身体が震えた。彼は魔力を吸い取ったと言ったのだ。魔力は通常であれば血に宿る。それを吸い上げるなんて、人間技ではない。
「貴方何者なの!?何が目的で……!!」
「クライン先生、お口にはチャックです。レオン・カールトンの魔力が本人に戻った今、貴女からいただけるものは何もない。無駄な殺しはしない主義ですから、どうぞ見学に徹してください」
「ただ見てるだけなんて出来ないわ!ここから出してっ!!私だって教師です……!」
「先生、」
見えない壁を叩き続けるコレットを嗜めるように鋭い声が飛んだ。驚いて、言葉を発したレオンの方へ目を向ける。相変わらずこちらは見ずに王子は左右の手をブラブラと振っていた。
そのまま流れるように手のひらを地面に付ける。
「これは学校では教わらないことですが…… 同じ魔力の量を持つ者同士が魔法と魔術を掛け合った場合、魔術が競り勝ちます」
「………!」
「当然のことですよね。人間が出力するプラスの気持ちがマイナスの感情に勝てるわけがない。恨み、妬み、憎しみに嫌悪。魔術はそうしたネガティブによって操作されますから、愛だ平和だと謳う半端な魔法は攻撃性では劣る」
「それでも私たちは……!」
コレットは声の限りに叫んだ。
頭の中には、かつて読んだ新聞記事が浮かんでいた。
“魔法は光、人の世を切り拓く”
どんな苦行を強いられても、魔術に手を染めてはいけない。それは魔法使いとしての腐敗を意味して、魂を売る恥ずべき行為。正しい魔法を信じてこそ、光の加護を受けることが出来ると。
「魔術に打ち勝つ唯一つの方法は、シンプルかつ明快」
「殿下……?」
地に着いたレオンの手元が不自然に盛り上がった。両の手が引き上げられると共に、ズズズッと引っ張り出されたのは人の形を模した泥人形。ゆらりと揺れる人形は、レオンがその額に人差し指を押し付けると、よりリアルな造形に変化した。
まるで戦士のような成りをした二体が並列する。
場の空気がピリつく感覚をコレットは感じた。
「魔術には魔術を。悪意は相応の悪意を持ってして叩き潰さないと、勝てはしない」
「魔術の使用は法律で禁止されています!今すぐ解除を──」
「生半可な正義感は貴女の死期を早めるだけだ。生徒たちを助けたいならこの男を倒す必要がある。シン・リンレイは魔力を喰う悪魔です」
言葉を失うコレットの前でレオンは右手を使って六芒星を描く。ポウッと赤く光った二つの星は彼が作り出した人形の背に貼り付いた。
「───隷属、傭兵」
人形たちが走り出す。
向かう先でリンレイが浅く笑うのが見えた。
52
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる