43 / 99
第二章 夏の宴と死者の森
39 マゼンタス2
しおりを挟む「はいっ!じゃあ次は私!魔法道具学のクロイツ先生のモノマネをしてね…… アストロが!」
クイーンの絵柄が入ったトランプを高々と掲げてミナが叫ぶ。指名されたアストロ・ファッジは悔しそうに口元を歪めて立ち上がった。
「ッハァ~イ!かわいこちゃんたち~~!!」
「ぶはっ!最高!」
「んふふっ」
吹き出すミナとアニアの隣で本を読んでいたバロンが眉間に皺を寄せて顔を上げる。
「おい、うるさいぞ君たち。ノエルを見習ってみんな外でも眺めてろよ。これじゃあ、まるで幼稚園児の遠足みたいじゃないか」
「アァ~ン!堅物眼鏡!」
「アストロ、調子に乗るな。君がノエルに負けて気絶したって話をここで大声でしようか?」
「お前地味に嫌なヤツだな…… それに気絶したのはコレット先生だって一緒だぞ!先生なんて魔力ゼロなのに一人で果敢に挑んで、」
「ねぇ、聞こえてますけど!?」
御涙頂戴のように芝居調に話して聞かせるアストロの方を向いてコレットはくわっと吠える。初めての校外学習ということで一年一組のメンバーも浮かれているようだ。バスの中は騒がしい。
ふと目を逸らすとコレットの後方、窓際の席にはノエルが座っていた。いつも通り外を眺める彼の顔色は心なしか悪く見える。コレットはシートの隙間からノエルの名前を呼んでみた。
「ノエルくん」
「………なんですか?」
思春期真っ盛りのような無愛想な返事。
めげずになんとか笑顔を作る。
「大丈夫?なんだか気分が悪そうだったから。乗り物酔いだったら、私良いものを持ってるのよ」
「良いもの?」
首を傾げるノエルをちょいちょいと手招いて、その膝の上に飴玉の袋を載せた。長時間の移動なので色々と持って来たけれど、パッと出せる場所に入れていてよかった。
「みんな大好きイチゴ味と変わり種で二日目のカレー味!面白そうだから買ってみたんだけど、また感想を教えてね」
「………イチゴの方だけ貰います」
そう言ってコレットに茶色い包みを返すノエルの口元が、わずかに笑っているような気がした。しかし、よくよく見ようと目を凝らしたタイミングで別の生徒からお声が掛かってしまう。
一年一組からの参加者五人に加えて、一年はアーベルのクラスから二人、魔法薬学のピクシー・ベルーガが受け持つクラスからも二人の参加者が居る。ノリの良さそうなベルーガ本人には念のため声を掛けてみたけれど「考えておくわ~!」という答えをいただいたきりで現在に至る。
「クライン先生!」
「うわっ!?」
突然背後から声を掛けられて飛び上がると、引率者のアーベルがしおりを片手に立っていた。
「毎度そんなに驚かんでください。今日はまだ一日目ですし、到着したらすぐ日没です。軽くレクリエーションでも交えて、メンバーの交流会としようじゃありませんか!」
「そ、そうですね……」
「ちなみに先生、お酒の方は?」
「えっ?」
聞き返すコレットの前でアーベルはクイッとグラスを傾ける所作をして見せる。酒を嗜むかどうかという質問なのだろう。
「あー……あまり強くは、」
「それは良いですね!酒は大人のコミュニケーションに必須!クライン先生がイケる口なら、このアーベル、秘伝の酔拳を披露しましょう!」
食い気味な返答にコレットはまた押し黙る。
今ならば分かる。いや、本当はくじを引いた時から分かっていたこと。これはきっと所謂ハズレくじというものだ。ただでさえ面倒なサマーキャンプの引率という役割に加えて、このメンバー。
喋り続けるアーベルの隣で適当に相槌を打っていたら、ガタンと大きく揺れてバスが停車した。窓の外に目を向ければ、木造の小さな家が目に入る。どう見ても民家のようなその外見に、コレットはアーベルを振り返った。
「あの、ここって……?」
「一棟まるまる貸切です!」
「へ?」
「少数人で部屋を区切ってはつまらない!部屋の壁は心の壁ですよ。もっとオープンに仲良くしようじゃありませんか!家族みたいに!」
呆気に取られるコレットを放置して、アーベルは荷物を抱えてバスから降りて行く。その後を追う生徒たちを眺めながら、とんでもない心労の気配を感じた。
最後まで残ったアニアとミナを急かしつつ、コレットは視線を泳がせる。そして、すでに建物の入り口まで進んだアーベルの隣に立つ人物を見た。
艶やかな黒髪に、ひょろりと伸びた背丈。
汗だくのアーベルと正反対の涼しげな目元。
「………リンレイ先生?」
そこに居たのは、つい先月まで臨時で魔法史を受け持っていたシン・リンレイだった。
52
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる