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第二章 夏の宴と死者の森

37 辺境への誘い

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「それで何で落ち込んでるの?最終日にはクラスの全員が揃ったわけでしょう?」

 テーブルの上に顎を乗せてダラけた表情を浮かべるコレットを見下ろして、呆れたようにレイチェルが言う。その背後では昼時ということでテーブルの空きを求めて生徒たちが立ち往生していた。

 今日は魔法学校の夏休み前最後の日。

 寝込んでいたノエルも翌日には変わらぬ顔を見せてくれたので、コレットは安堵した。夏休みの課題の告知も終えたし、サマーキャンプのしおりも配ったしで、もうやるべきことは完了。

 最終日ぐらいは、と学食にレイチェルを誘ったのはコレットの方で、少食な養護教諭も珍しく提案に乗ってくれて今に至る。


「だってもう三日も経てばサマーキャンプが始まるのよ?世間は夏真っ盛りなのに私たちは極地の極寒へ行くなんて……」

「良いじゃない。アイスでも食べて来なさいよ」

「冗談じゃないの!」

 とはいえ、いつまでもこんなダラけた顔を晒していてはまた副校長マルティーナ・プッチに見つかって罰を喰らってしまう。

 レイチェルは涼しい顔で、頼んだ冷製パスタをくるくるとフォークに巻いている。コレットはその肩越しに一年一組のメンバーを発見した。ミナとバロン、少し離れて後ろを歩くのはノエルにアニアだ。

 先頭に立っていたミナが視線に気付いたのかこちらに向かってブンブン手を振る。コレットもまた軽く振り返してみた。

「生徒?」

「うん。クラスの子たち。ああやって食堂で見掛けて反応してくれるのって新鮮ね」

「そう?いつものことじゃない?」

「レイチェルにとってはそうかもしれないけど、私からしたら凄いことなのよ。座って話を聞いてくれるだけでも感謝なのに」

 それらは、一度目の人生では叶わなかったこと。

 ダメな教師は尊敬されない。「教師」として指示を仰ぐに値しないと評価された人間は、生徒たちから信頼を得ることも出来ない。仲良くなったり、慕われるなんてもってのほか。

 死に戻りの二度目の今は、順調に進んでいると思う。ミスも少ないし、完璧ではないにしても生徒の前で教師らしい姿を見せられているはず。


「あ、そうそう」

 何かを思い出したようなレイチェルの声音につられて顔を上げる。美しい友人は脚を組み替えてコレットの方を見た。

「来月の初旬って空いてる?」

「なんで?」

「以前話した同期の友人に会いに行こうと思って。今は結婚して辺境に住んでるそうでね、旅行がてら良かったら一緒にどう?」

 聞けば、レイチェルの魔法学校時代の友人であるアルバート・シモンズという男は、魔法薬学の教師を辞めた後、出身である山岳地帯に引っ越したらしい。ペルケマリアと呼ばれるその一帯は急斜面を超えた先にある高度の高い場所で、コレットも未だに訪れたことはない。

 山岳地帯、と聞いてアーベルとの雪山遭難を思い出したため渋い顔をしてしまう。それを見てレイチェルはニコッと美しい笑顔を見せた。


「アルバートは学者であり、辺境伯なの。あの辺りは王都では取れない珍しい食材も豊富だし、何泊かしたら毎日ご馳走がいただけるかも」

「えっ、本当!?」

「ええ。行ってみない?」

 気付けばコレットは大きく首を縦に振っていた。
 どうせ夏休みの予定などサマーキャンプ以外に何もないのだ。このまま部屋でダラダラ過ごすのも勿体無いし、アルバートと呼ばれる男性から辺境の話も聞いてみたい。

 こうして、コレットの夏休みに二つ目のスケジュールが組み込まれた。先ずは四日後に迫ったマゼンタスでのサマーキャンプ。

 教師らしく、冷静かつ機敏な姿を見せなければ。



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