13 / 18
13 証明
しおりを挟む「それで私はお父様の靴を履いて叔母様の屋敷まで家出したのです。追い掛けてきた侍女たちの目を掻い潜るのは大変でしたが、楽しい冒険でした」
「君がそんなお転婆だったとは想像がつかないな」
「私は貴方が知るよりも勇敢なのですよ?」
デイジーの訴えをセオドアは笑ってやり過ごす。
夕食を済ませてセオドアから部屋に呼ばれたデイジーは、書類の対応に追われる婚約者のかたわらで自分の武勇伝を話して聞かせていた。「何か面白い話を」と、そうすることを催促したのはセオドアの方だ。
部屋を出る際はペコラやエミリーがオロオロしていたが、デイジーは清々しい顔でセオドアの部屋へ向かった。彼女にとって今や、王太子は自分の信頼できる人間の一人になっていたから。
バーミング邸でのことがあってから、二人の距離はいっそう近付いたように思えた。セオドアはかつて一人で取っていた朝食の時間をデイジーに合わせるようになったし、暇ができれば彼女を散歩に誘った。
並んで歩く二人の姿は側から見れば立派な恋人同士のように見え、初日に自分の未来の妻を「お飾りの妻」呼ばわりした男とは思えない進展だった。
しかしながら、当の本人はというと。
「最近どうも寝付きが悪い。同じような夢ばかり見るんだ。君はよく眠れているか?」
「どのような夢ですか?」
何気ないデイジーの質問にセオドアは顔を赤らめた。
そのままモゴモゴと口を動かすと「つまらないものだ」と言って咳払いをする。婚約者の夢の中身が気になるデイジーはその後も何度か追及したが、内容を知ることは出来なかった。
セオドアは、毎晩夢の中に現れるデイジーに悩まされていた。夢の内容は日を追うごとに現実味を増し、とうとう昨日デイジーは自分を押し倒して口付けを落とした。そんなことを本人に伝えるわけにいかないし、これはあくまでも夢の話だ。
苦い顔で胸を押さえるセオドアを見て、デイジーはクスクスと笑う。まるですべてを見透かすようなその表情に、セオドアは軽い目眩を覚えた。
お飾りの妻となるはずの女が自分の心に居座っている。
それは認め難い状況で、恥ずべきことに思えた。
「デイジー、これを機に改めて伝えておきたいが…」
「なんでしょう?」
「顔合わせの際に伝えたように、俺は君に多くを求めてはいない。来賓が来た際や両親などの手前では妻として振る舞ってほしいが、それ以上の気遣いは不要だ」
「………と、言いますと?」
「ここ最近、君は熱心に俺に尽くそうとしてくれている。無理をさせているんじゃないかと思うんだ。この結婚は恋愛ではなく政略的なものだから、すべてを俺に合わせようとする必要はない」
デイジーはしばらくポカンとした顔で黙った。
実のところ、この数日間にデイジーを呼び寄せて二人の時間を設けようとしているのはセオドアの方だ。しかしながら、王太子はそうした事実を認識しておらず、まだデイジーのことを飾り物として扱いたいようだった。
「セオドア様は私に愛人を作れと仰っているのですか?」
「いや………そういう意味ではないが、」
「まさか、愛することは出来ないとか?」
「それは………」
「私のことを妻として愛することが出来るのであれば、今ここで証明してくださいませ」
「証明?」
「キスをしてください」
セオドアは文字通り、口を真一文字に結んで固まった。
デイジーの手が鍛え抜かれた厚い胸板に置かれる。
窓の外では、木の上で合唱を奏でていた小鳥たちが、部屋の中の変化を察知して慌てて枝から飛び立って行った。
1,704
お気に入りに追加
2,025
あなたにおすすめの小説
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
彼女は彼の運命の人
豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」
「なにをでしょう?」
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
二度目の恋
豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。
王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。
満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。
※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる