上 下
8 / 18

08 仕立て屋の来訪

しおりを挟む


 セオドアに告げられた結婚式の日が迫っていた。

 顔合わせの一週間後に結婚式だなんて、と王妃は慌てたそうだが、デイジーはやはりのんびりと過ごしていた。それはもう侍女たちの方が気を揉むほどに。


「なにをそんなに気にするの?セオドア様も形式的なものだと仰っていたでしょう。心配する必要はないわ」

「その発言が心配なのです!シャトワーズ家の令嬢の結婚式が適当に片付けられては、当主であられるシャトワーズ公爵もご立腹なさるはずです」

「父と母は呼ぶと聞いたし、良いじゃない」

「指輪は?ドレスはどうなさるのですか?王太子殿下は大切な式に無関心過ぎます。ただの茶会や誕生会ではないのです。結婚式ですよ……!?」

「それを言うなら令嬢たちの茶会や誕生会の方が派手であるはずよ。聞きました?殿下は王宮の隣にある教会で式を挙げようとしているそうです。あの教会は常時神父が居るわけではなく、催しの際にだけ外部から神父が来るだけの仮設のような場所です」

「ぐぬぅ…!舐められたものねぇ!」

 ペコラがフンッと鼻息荒く地団駄を踏む。
 その隣ではエミリーが大きく頷いて同意を見せた。

 デイジーの後ろではバーバラが櫛を片手に眉間に皺を寄せている。鏡に映るその姿を確認して、彼女も何か思うところはあるようね、とデイジーは考えた。



 そして。

 侍女たちの悲痛な声が届いたかのように、午後になると仕立て屋がデイジーの部屋を訪れた。


「初めまして、デイジー様。殿下とお嬢様の喜ばしい門出に相応しいドレスを選びましょうね」

 銀縁の丸眼鏡を掛けた小柄な女がせかせかとデイジーの身幅や背丈を測っていく。人形のごとく言われるがままに従っていたデイジーだったが、ふとあることに気付いた。

「今から採寸して来週仕上がるのでしょうか?」

「来週ですか……?」

「はい。結婚式は来週開催すると伺っておりますので、出来上がりが間に合うのか少し心配でして…」

 眼鏡の奥で目を丸くすると、仕立て屋はポケットからノートを引っ張り出して捲り出した。やがて、ふっくらとした指が目当てのメモ書きの上で止まる。

「ご覧ください」

「………?」

「結婚式は来月の初めになります。来週ではありません。殿下とデイジーお嬢様の式は王都の中心にあるペデジウム大聖堂で執り行われる予定と伺っております」

「あら?」

 デイジーは侍女たちを振り返る。
 侍女たちもまた、扉の横で控える使用人を見た。

 若い使用人の女は困った顔をしてキョロキョロと目を泳がせる。しかし、周辺には誰も自分を救ってくれる人が居ないことを察知すると、小さな声で話し出した。


「昨晩……セオドア様から国王陛下と王妃殿下にご連絡があったのです。国外からの来賓もあるので、場所と日程を変更することにしたと……」

「まぁ、それはまた急ですね。どうして?」

「せっかくの晴れ舞台なので……多くの人の目に留まるようにしたいと仰っていました」

「えぇっ?聞いてた話と違うじゃないですか!」

 声を荒げて驚くペコラの後ろで、デイジーはひとり静かに笑みを深めた。

 その後、ドレスの採寸から布地の選定、式の当日に身に付ける装飾品からドレスに似合うミュールのデザインまで。すべてを滞りなく済ませて、仕立て屋は笑顔でデイジーの部屋を去った。

 仕立て屋の女曰く、結婚指輪はセオドア自らが石を選び、技師と話を重ねて作っていく運びらしい。


「どういうことかしら…… 殿下は頭でも打ったの?」

「こら、エミリー。そのような発言は控えなさい」

「だってまるで別人みたいだもの。デイジー様はどう思いますか?このところ、ちょっと態度が変わりすぎやしません?」

「そうねぇ………」

 デイジーは右手の薬指の上で輝く、サイズの大きい婚約指輪をくるくると回した。それは婚約を了承した際にセオドアが派遣した従者が届けに来たものだったが、当たり前に自分の指より大きかったので気を抜けば床に落下する。

(次はきちんと合ったサイズを頂けるかしら?)

 どのような顔で彼は自分に計測を申し出るのだろう。
 執事長などに頼むのかもしれない。

 侍女たちの心配を他所に、デイジーはセオドアのことを考えてクスクスと笑った。式の当日、来賓の中に幼馴染みの顔を見つけることが出来るはずだ。頭の良い婚約者様はきっと、デイジーが伝えた友人の男の名前を記憶したから。


しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

別に要りませんけど?

ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」 そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。 「……別に要りませんけど?」 ※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。 ※なろうでも掲載中

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

貴方の運命になれなくて

豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。 ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ── 「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」 「え?」 「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

処理中です...