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06 小さな変化
しおりを挟む雌鶏がその日の卵を産み落とし、農場の牛たちが干し草をたんと食む頃、王宮の中でも小さな変化が起こっていた。それはひっそりと胸の内で芽生え、身体の持ち主は自分が病ではないかと疑った。
「………セオドア様がお食事の誘いを?」
きょとんとした顔で聞き返すデイジーに執事長は頷く。
後ろで控える侍女たちは驚きのあまり口を開いたまま、互いの方を見て目配せをし合った。もちろんデイジーからは、彼女らの反応は見えないのだが。
セオドア・ハミルトンが朝食に誘ってきた。
それはデイジーが婚姻のため王宮入りをした四日後のことで、幼馴染みのルートヴィヒ・デ・ロンドが訪れてきた翌日のことだった。
いつも通りに七時に目を覚まし、身支度を整えて時計の針が八時を知らせたとき、待っていたように執事長のジャイロが部屋の扉をノックしたのだ。
未来の夫からの誘いを断る理由もないので、デイジーはその誘いを受け入れた。薄い桃色のドレスの裾をふわりふわりと波うたせながら、ジャイロの後を続いて廊下を進む。
「………あぁ。すまないね、座ってくれて良い」
食堂に到着すると、どこかぎこちない口調でそう述べてセオドアはデイジーに着席を勧めた。
テーブルの上にはすでにその日採れた新鮮な野菜を使ったサラダや、珍しい異国のフルーツなどが皿に盛られている。いったいどういう風の吹き回しかしら、と侍女たちはまだ気が気でなかった。
カップの中に入った黒い液体をティースプーンで掻き混ぜながら、セオドアはこほんと咳払いをした。
「昨日は、客人が来ていたようだが」
バーバラはハッとして息を呑んだ。
慌ててデイジーの方を盗み見る。
勝手な気を回してルートヴィヒを呼んだのは自分の提案であって、もしもセオドアが何か騒ぎ立てるようなことがあれば真実を告げる必要があると思ったからだ。
しかし、侍女たちが何かを言う前にデイジーが口を開いた。塗りたてのグロスが太陽の光を受けて輝く。
「ええ。大切な友人が遊びにいらしたのです」
「デ・ロンド公爵家の子息だと伺ったが本当か?」
「はい、その通りです。ルートヴィヒ小公爵は私が幼い頃からよく遊んだ旧知の仲なのです」
ひくっとセオドアの口角が奇妙に上がった。
おそらく気付いたのは執事長だけの様子。
「君にそんな友人が居たとはね。今度遊びに来たときには是非とも紹介してもらいたいものだ」
「承知いたしました。小公爵にも伝えておきますね」
「いや、その必要はない。そういった機会があれば事前に君の口から俺に教えてほしい」
「畏まりました」
このやり取りには、さすがに使用人たちも驚いた顔を見せた。言葉を発したセオドアは特に変わったところはないものの、彼を古くから知る使用人は「体調が優れないのだろうか」と内心危惧した。
そして、デイジーの侍女たちもまた同じ胸中だった。
あのセオドア・ハミルトンが自分の婚約者の友人に挨拶をしようとしている。それが実現されるかどうかは置いておいて、その提案自体が信じられないこと。
ただ一人、デイジーだけはニコニコと目の前で黙々と食事を続けるセオドアを見守っていた。
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