【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ

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05 幼馴染み

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 デイジーの侍女たちは、献身的な自分たちの主人の姿を見て口々に不平を漏らしていた。


「見ましたか?今日はお嬢様、焼き菓子を自分の手で作って差し上げたのですよ。それをあの男ときたら、手作りのものはいただけないと言って……」

「なんですって?余りにも無礼ではありませんこと?シャトワーズ家を何だと思っているのかしら」

「皆さん、お静かに。お嬢様はお昼寝中なのです」

 バーバラの声にペコラとエミリーは口を閉ざす。

 しかし、三人の中でデイジーの行く末をもっとも案じているのは年長者のバーバラであった。彼女はデイジーがまだ幼い頃からその成長を一番近くで見守ってきた。いくら王太子といえど、あのような扱いをされては気が滅入ってしまう。花瓶の花とて枯れてしまうのではないか。

「………デ・ロンド公爵家に手紙を出すのはどうでしょう?」

「まぁ!それはナイスアイデアですわね」

「ルートヴィヒ小公爵が遊びに来てくれれば、デイジーお嬢様も少しは気分が晴れるかもしれません」

「そうと決まれば、私たちで手配しましょう!」

「そうね、お嬢様はきっとアレコレ理由を付けて後回しにされるだろうから、私たちの手で送りましょう」

 侍女たちは結託して、デイジーの昼休憩中に手紙は書き終えられ、王宮の使用人の手へと渡された。バーバラは眠り続ける姫君の薔薇色の頬を眺めて、ほっと息を吐く。

 愛されるために生まれてきたような可愛らしいこの娘が、これ以上悲しむのは見たくない。お節介であることは重々承知しているが、彼女の幼馴染みであるルートヴィヒが何か明るい風でも運んで来てくれたら良いのだが。




 ◇◇◇




 かくして届けられた手紙は無事に本人の元へ届いたようで、三日後にはルートヴィヒ・デ・ロンドが王宮を訪れるに至った。

 デイジーも初めは侍女の勝手な行動に驚いたものの、それが自分の待遇を憂いての気遣いだと知ると悪くは思わなかった。今度からは相談してね、と控えめな注意をして、デイジーは侍女たちと共に応接室へ出向いた。

 王太子セオドアには使用人を通じて大切な友人が訪ねてくると伝えてある。いつものように興味のない彼がそれを記憶に留めたのかどうかは知らないけれど。


「デイジー!変わらないね、元気そうだ」

 ルートヴィヒは部屋に入ってきたデイジーを見るなり、夏の風のように爽やかな笑顔を向ける。

「貴方だって変わらないわ。ご両親はお元気?」

「ああ。君が遊びに来なくなって寂しがってたよ。それにしても王太子妃なんて、随分と遠くへ行ってしまったね」

「私はいつだって貴方の知ってるデイジー・シャトワーズよ。ネズミが苦手で物語を読むのが大好きな」

「そうだったね、君に貸した騎士道物語だけど、あれはもう返さなくて良いよ。ああいう強く逞しい男に守られるのが君の理想だったってわけだろう?」

「うふふ、貴方はなんでもお見通しね」

 侍女たちは気の毒になって目を泳がせる。

 セオドア・ハミルトンは確かに強く逞しい肉体を持っているかもしれないが、デイジーを守るタイプには見えなかった。どちらかというと、騎士道物語に登場する傲慢な王族こそ、彼に相応しい役柄だ。


「ねぇ、庭を散歩しない?最近花を植えたの」

 デイジーの提案で二人は侍女たちを引き連れて庭園へと移動することになった。美しい花を一つ一つ腰を屈めて説明しながら、デイジーはルートヴィヒの反応を見る。その姿は、侍女たちの目には恋人同士のようにも映った。

 特にバーバラにとっては、そうであってほしかった。普段は年若いエミリーやペコラの発言に注意を発する役目を持つ彼女だが、ことデイジーの婚約に関しては思うところがあったのだ。王太子セオドアが、本当にデイジーの婚約者として相応しいのか、未だに疑わしく感じていた。


「ルートヴィヒ、私の前に立ってくれない?」

 急に立ち止まったデイジーが前を歩く幼馴染みを呼ぶ。
 ルートヴィヒは首を傾げながら細い道を戻ってきた。

 黒い髪をした二人が並んで、デイジーはルートヴィヒを見上げる形となる。バーバラはデイジーが少しだけ背伸びをして、ほがらかに笑うのを見た。

「やっぱりまだ貴方の方が大きいのね」

「? そりゃそうだろう、君は女の子なんだから」

「もう背丈って伸びないのかしら?」

「君はそれぐらいのサイズ感が可愛いよ。それとも王太子殿下は身長の高い女性が好みだったのかい?」

「どうかしらねぇ……だけど、彼も人並みの感情は持ち合わせてるみたいで安心したわ」

「へ?」

 理解が及ばないルートヴィヒと侍女たちを置き去りにして、デイジーは再び歩き出す。この時、侍女たちも、呼び寄せられたデ・ロンド公爵家の令息もまた、城の窓の一つが不自然に開きっぱなしになっていることに気付かなかった。



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