3 / 18
03 水と油
しおりを挟む国王と王妃、その息子である王太子セオドアと新しく迎え入れられた婚約者デイジーが揃っての初めての夕食。
料理人たちは腕によりを掛けて数々の品を準備した。肉を焼く際は普段の数倍火入れに気を付けて、デザートだって祝いの場に相応しい特別なものを用意した。
「っはっは、セオドアもとうとう結婚か!」
「来週にでも式を挙げるつもりです」
「えっ、来週ですって?」
父と談笑する息子の姿を見て、王妃はギョッとする。
少なくとも二年は婚約者として過ごすのではないかと思っていただけに、ことを早急に進めようとするセオドアの考えにただただ驚いた。
「式場も押さえていないのに?指輪は?」
「婚約指輪がありますから。それに式は王宮に隣接する教会でパスコ牧師に頼もうと考えています」
「ちょっと待ちなさい、セオドア!婚約と結婚は意味が違うのよ。お金のない平民ならともかく、貴方は王族なのだから、そんなずさんな対応は止して……」
「何か問題がありますか?」
キョトンとした顔でセオドアが尋ねる。
王妃は助けを求めるように国王を見た。
「貴方からも何か……」
「まぁ、良いではないか!」
「なっ……!?」
「二人が望むように進めれば良い。指輪になんか何の意味もないんだ。相手の令嬢が望むものを買い与えてやれ」
「そういう問題ではないわよ!」
王妃の叫びも虚しく、会話を続ける三人の前にデイジーが登場した。顔合わせの時とは異なる淡いミントグリーンのドレスに着替えた姿を見て、使用人たちは少し不思議そうな顔をする。
侍女たちもまた同様に、朝方とは違う格好をしていた。
「おお、デイジー!お城の暮らしはどうだい?」
馴れ馴れしく息子の婚約者に近付く夫を見て、王妃は目を回す。国王がこの調子だから、大切な一人息子が面白みのない仕事人間になったのではないかと疑っていた。
国王ピョートルは実のところ賢王とは言えない。
王の器では無かった、といえばそれまでなのだが、この何処か抜けた国王はつい最近政治を任せていた大臣に裏切られて、莫大な額を横領された。
それを聞いた息子が一大奮起して国政に取り組み出したのは良いものの、問題は彼がバカ真面目にのめり込んでしまうところにある。
議会への参加を手始めに、セオドアは国王が受け持っていた以上の執務に参画するようになった。王国内に貧困層が集まる地域があれば、治安の調査を命じて内情がどうなっているかを調べ上げた。
西に悪行を働く貴族があれば徹底的に尋問し、古くから続くいくつかの貴族は爵位を失ったらしい。昼過ぎの報告会はいつも議員たちのうたた寝タイムだったが、セオドアの鉄槌が飛ぶので、最近では皆背筋を伸ばして聞いている。
そんな彼が選んだ婚約者に、王妃は興味があった。
「はい。関心をそそられるものが多くて、何もかもとても刺激的です。中でもお庭が気に入りました」
「ほうほう!庭は屋外で茶会をする時に使うと良い。景色が良いからねぇ」
「ええ、是非ともそうさせていただきます」
手を組んでにっこりと微笑むデイジーの指先を、なにやらセオドアが熱心に見つめている。王妃はどうしてか嫌な予感がした。
「手先が汚い」
「え?」
驚いた様子でデイジーが自分の手を見つめる。
セオドアは小さな彼女の手を掴んだ。
「見ろ、爪に泥が付着している。どうしてだ?」
「あぁ!なるほど、これは土いじりしたからですね」
「土いじり……?」
「アイリスの球根を植えたんです。今から植えたらきっと夏には花が咲くでしょう。庭師のピボットさんはとても親切な方ですね」
楽しい時間でした、と言ってデイジーは笑う。
セオドアはゼンマイが切れたロボットのように暫しの間動きを停止した。国王もまた、ビックリした顔をしてデイジーを見ている。
「君は……素手で土を触ったのか?」
「はい。土が良いのか、丸々と太った芋虫さんたちを三匹ほど発見しました。殿下は虫はお好きですか?」
「いや、好きでも嫌いでもないが…」
「では今度一緒にトマトの苗を植えましょう!きっと殿下と一緒に植えたら楽しいはずです」
嬉しそうに話し続ける前で、王妃はセオドアが静かに双眼を閉じるのを見た。
数秒間の沈黙の後、青いガラス玉のような瞳が婚約者に向けられる。それはいつも通りのセオドアの顔で、先ほどまでの困惑した表情はもう消え失せていた。
「断る。土には雑菌が多いし、そんな時間はない」
「左様ですか……残念ですね」
肩を竦めてデイジーはしょぼんと項垂れた。
水と油以上に相容れない関係。
王妃が初日に抱いた二人の印象はそんな感じ。
1,736
お気に入りに追加
2,167
あなたにおすすめの小説
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。
跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。
Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。
政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。
しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。
「承知致しました」
夫は二つ返事で承諾した。
私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…!
貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。
私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――…
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる