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02 三人の侍女

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「お飾りの妻ですって……」

「私、小説以外で初めて耳にしましたわ」

「あの顔見ましたか?王族だからと上から目線が過ぎます。こちらも公爵家なのですよ。旦那様に報告しましょう!」

 三人の侍女たちは激怒していた。
 幼い頃から見ていたデイジーがここまで蔑ろにされることは、彼女たちにとって許し難い行為だったのだ。ペコラなんかは唇を噛み過ぎて出血していた。

 しかし、当のデイジーはというと。


「うーん……まぁ、良いじゃない?」

「良いって何がですか!」

「べつに罵倒されたわけじゃないし、結婚の意思はあるようだったわ。お忙しい人だから、時間に間に合わなかったことは責められないもの」

「デイジーお嬢様、尊厳をお持ちください!王子だからと言って、物事の分別は弁えるべきです。あんな男と結婚したら生涯この城に閉じ込められて、飼い殺しにされますよ!」

「そうねぇ………」

 三人の侍女に詰め寄られ、デイジーは何かを思案するように目を閉じた。

 どんな対策が飛び出すのかと、侍女たちは息を呑んでその様子を見守る。瞼がふるふると震えて、やがて何かを決心した顔でデイジーは大きく頷いた。


「いっそ受け入れるっていうのはどう?」

「………はい?」

「お飾りの妻って、ようは放置されるって意味でしょう?殿下は見たところ仕事人間のようだし、私も私の趣味を突き詰めて楽しい王宮ライフを送っても良いかもしれない」

「そんな…悠長な……」

「だって私ってまだ二十歳なのよ?殿下は四つほど年上だと聞いたけど、国王陛下もお元気だし、まだ世継ぎって年齢でもないと思うわ」

「いいえ、デイジー様。ああいう男に限って夜になると性欲を剥き出しにして女を求めて来るのです。私は最近読んだ小説から学びました」

「エミリー、それは本の中の物語でしょう?」

 デイジーに注意されてエミリーは赤面する。

 実際のところ、王太子殿下には浮ついた話がない。だからこそ、恋愛のれの字も無かった彼が会ったこともないデイジーを婚約者として指名したのは不思議なこと。

 おおよそ、家来たちが持って来た候補者リストから適当に選んだのだろうけれど、夫となるセオドアの心境はデイジーに分かるはずもない。


「デイジー様に不幸な結婚をしてほしくありません……こんなことなら、幼馴染みのルートヴィヒ小公爵と婚約するべきだったのでは?」

「ルートは私のことを好いてなんかないもの」

 ルートヴィヒ・デ・ロンドはデイジーが幼い頃から親交のある二つ年上の青年だ。

 誰にでも分け隔てなく明るく接する彼は正義感も併せ持っており、デイジーがクラスの男子たちに虐められたら相手の子供が泣いて詫びるまで許さなかった。

 そして実は、デイジーは彼に二度ほどフラれている。
 妹にしか見えない、という理由で。

(まぁ確かに同じ黒髪だものね……)

 いっそ本当に兄弟だったら良かったかしら、とぼんやり思いながら冷たくなってしまった紅茶を飲んだ。何気なく窓の外を覗くと、庭師がせっせと花壇に球根を植えている。


「ねぇ、みんな。良いことを思い付いたわ」

 デイジーが手を叩いて立ち上がると侍女たちは何事かと顔を向けた。

「私、お花を育ててみたいの。お屋敷ではお母様が厳しくって挑戦出来なかったけれど、ここでなら出来るかもしれない」

「お花ですか……?」

 眼鏡の下で怪訝そうにバーバラが目を細める。
 デイジーは大きく頷いて窓の外を指差した。

「自分で育てた花をお部屋に活けてみたらどうかと思って。お忙しい殿下も、きっと花のある生活なら少しは癒されるんじゃないかしら?」

「そうですねぇ……」

「どうしてお嬢様はこの期に及んでお相手のことを気遣うのですか!お飾りの妻と呼ばれたのですよ…!?」

 我慢ならないといった様子で拳を握り締めたペコラが、目に涙を浮かべてデイジーに向かって叫ぶ。デイジーはゆっくりと笑みを浮かべると、固く握られた侍女の手を解きながら言った。


「お飾りの妻だって妻だもの。王族との関係を持つのは我がシャトワーズ家のためでもあるわ」

「でも、お嬢様……!」

「それにペコラ、私はただの飾りには収まらない」

 デイジーは窓の外をもう一度眺める。
 その先には急ぎ足で庭を横切るセオドアの姿があった。


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