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01 顔合わせ
しおりを挟むよく晴れた良い朝だった。
公爵令嬢デイジー・シャトワーズは三人の従者とともに王宮を訪れて、通された部屋でそわそわと辺りを見渡していた。
柔らかい風が開いた窓から入って来て、デイジーの黒髪を舞い上げる。従者たちはデイジー以上に落ち着かない様子で顔を見合わせていた。
何を隠そう、今日は顔合わせなのだ。
デイジーの二十歳の誕生日に届いた手紙はシャトワーズ家に激震を走らせた。それは王太子セオドア・ハミルトンとの婚姻を検討してほしいという内容で、デイジーの意見を伺う前に父親は「是非に!」という返事を書いていた。
デイジーとて、反対する理由はない。
なんて言ったってセオドア・ハミルトンは同じ年頃の娘ならば一度はダンスを踊ることを夢見る相手だ。
見目麗しい金色の髪に憂いを帯びた青い瞳。
その瞳に自分の顔が映るならば、国内有数の観光地であるバスティユの滝に身を投げても良いと友人のコリンは語っていた。デイジーもその意見には賛同した記憶がある。
とにかく、この縁談は間違いなく彼女の人生史上もっともラッキーな出来事だった。
「…………少し、遅くはありませんか?」
王宮の使用人に聞こえないように、後ろに立つ侍女のペコラが言う。残る二人の侍女たちも心配そうに頷いた。
「約束の時間から三十分が経過しています。ただの待ち合わせではなく、婚約の顔合わせですよ?」
「私も思いました。殿下は時間にルーズなのでしょうか?」
「こら、そんな無礼な発言はおやめなさい。デイジーお嬢様がきっと一番不安なのですから…」
不満を口にするペコラとエミリーを嗜めるように叱ったのは、三人の中で一番年上のバーバラだ。デイジーにとっては頼れる姉であり、時には母の役目も担う彼女ですら、その顔には怪訝そうな表情が浮かんでいた。
セオドアに指定された時間は朝の十時。
壁に掛かった時計はすでに十時半を過ぎている。
王宮で働くハミルトン家の使用人たちも、チラチラと時計を見ながらこちらの様子を窺っているようだった。
(お腹でも壊したのかしら………)
デイジーが王子の健康状態を危惧していると、閉ざされた入口の扉が勢いよく押し開かれた。
サッと使用人たちが居住まいを正す。
執事長なのか丸眼鏡を掛けた白髪の男がセオドアに近付いて何やら耳打ちした。王子は頷き返して、その青い瞳をこちらに向ける。
「君がデイジー・シャトワーズか?」
デイジーは頭を下げて挨拶をしようと腰を折った。
「カーテシーは不要だ。悪いが時間が無いから、この城での生活はここにいるジャイロに聞いてくれ」
デイジーの前で先ほどの執事長が挨拶をする。
王太子は踵を返してすでに部屋を去ろうとしていた。
「あ、あの……!」
「なんだ?」
誰が聞いても不機嫌な声が返って来た。
「婚約の件で来たのですが、もしかして人違いだったのでしょうか?」
「いいや、間違っていない。俺はシャトワーズ家に宛てて手紙を出すように命じた。君が婚約者だ」
「えっと……?」
「用が無いならもう良いか?細かい説明は俺の口からすることではない。結婚式は来週にでも行おう」
「え?来週?」
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
鬱陶しい羽虫を追い払うようにセオドアは手を動かす。
そしてそれっきり、本当に出て行ってしまった。
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