上 下
68 / 85
第三章 氷の渓谷編

65.オリオンが語ること【N side】

しおりを挟む


日がまだ昇っていないせいか、宮殿内は薄暗く冷たい空気で満たされていた。

氷の渓谷についての情報は集められる限り集めたが、果たしてそれらがどれだけ役に立つかは分からない。そもそもルネの適当な言葉に騙されている可能性もあるし、出向いていったら罠を張って待っているかもしれない。それでも、出向いた先に本当にリゼッタが居るのであれば、その罠には掛かるだけの価値がある。

荷造りを終えて息を吐いたところで、部屋のドアがノックされた。驚いて振り返ると、いつもの半裸ではなく珍しく戦争にでも赴くような武装をした父オリオンが立っていた。

「……次は猪でも狩りに行かれるのですか?」

軽い調子で問い掛けると、オリオンはその言葉を無視して近付いて来る。月明かりに照らされた顔は怒りと悲しみが混じった複雑な表情をしていた。

「ノア、お前が何をしようとしているかは分かる」

差し出されたのは幾つかの白い封筒。なるほど、自分が発見するよりも前にオリオン自身もその内容を認識していたらしい。

「隣国の娼婦を王室に迎え入れようというのか?」
「だとしたら、どうします?」
「……お前を殴ってでも止めさせる」
「それぐらいでは無理ですね。僕はリゼッタと共に生きることが出来ないなら、王位継承権を放棄します」
「何だと…!」

オリオンのこめかみに血管が浮き出るのが見て取れた。この温和な国王にも彼なりの価値観があるらしい。

わざわざそんな忠告をするために、早朝から息子の部屋に現れたのだろうか。服装からすると本当に決闘でもしようとしていたようだ。

「その手紙を送って来たのは、おそらくルネです」
「何?ルネが生きているのか!?」
「ナターシャが見たと言っていました」
「……ナターシャ?」

久しぶりに聞く、かつてメイドだった老婆の姿をオリオンは頭の中で思い出そうとしている。待つだけ無駄だと考えて話を続けることにした。

「貴方がカルナボーンで娼館の管理を任せている元使用人のナターシャですよ。リゼッタは隣国で婚約を破棄された挙句、義両親にも見捨てられて娼館に辿り着きました」

ハッとしたようにオリオンが顔を上げる。

「真面目に働いていたようですが、元婚約者である第二王子が娼館まで追って来て暴行を受けた。それで見ての通り、怪我を負っていたわけです」
「しかし、シグノー第二王子は…」
「ええ。死にましたね、自業自得でしょう」
「……ノア、まさかお前は…」

青い顔で問い掛ける父親の目を見据える。
それだけで、十分に伝わったようだった。

「ルネがリゼッタを連れ去りました。彼らは氷の渓谷に居るはずです」
「氷の渓谷?」
「覚えていますか?ルネが出て行った時のことを」
「…忘れることが出来たらどんなに良いだろうな」

苦い顔で目を逸らすオリオンを見つめた。

実の息子に命を狙われるという経験は、彼にとっても忘れ難い思い出となっているようだ。何も考えていないようなこの明るい国王がそんな過去を抱えているなんて、いったい誰が想像できるだろう。

「魔女や魔法なんて現実的ではないものを信じたくはないですが、リゼッタが居るなら僕は行きます」
「………ノア、」
「止めないでください。貴方と争いたくない」
「分かった…しかし、もしも魔女に、ジゼルに会えたら伝えてくれないか?」
「ジゼル?」
「悪かったと。誤解を解けなかったことを今でも後悔していると……」

悲痛な顔で話す父親の声に耳を傾けながら、窓の外に浮かぶ大きな月を見た。

双子なんてものが同じ感覚を共有できるのは、おそらく腹の中だけであると思っていたが、高揚するようなこの気持ちをルネも今感じているのだろうか。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

冷酷な王の過剰な純愛

魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、 離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。 マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。 そこへ王都から使者がやってくる。 使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。 王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。 マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。 ・エブリスタでも掲載中です ・18禁シーンについては「※」をつけます ・作家になろう、エブリスタで連載しております

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と溺愛のrequiem~

一ノ瀬 彩音
恋愛
婚約者に裏切られた貴族令嬢。 貴族令嬢はどうするのか? ※この物語はフィクションです。 本文内の事は決してマネしてはいけません。 「公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と復讐のrequiem~」のタイトルを変更いたしました。 この作品はHOTランキング9位をお取りしたのですが、 作者(著者)が未熟なのに誠に有難う御座います。

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

処理中です...