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第二章 アルカディア王国編
56.伝説と魔女【N side】
しおりを挟む「……良かったのか?」
珍しくこちらを気遣うような声音で話すウィリアムに、驚きながら頷いた。ただでさえ郊外で人が少ない上に、カルナボーンでは目にすることが滅多にない車で移動することはリスクが高いということで、適当な馬車を拾った。
のんびり出来る状況ではないが、久方ぶりの馬車移動は随分とゆっくりで眠気を誘う。
「付き合わせて悪いな」
「そんなのお前と出会ってからずっとだ」
「やっぱり持つべきものは友人だ」
喋りながら落ちてくる瞼を持ち上げる。
ロビンソンから受け取った顧客リストには莫大な量の名前が書かれており、その中からリゼッタの義父であるダグナス・アストロープの名前を見つけることは容易ではなかった。
しかし、確信はあったのだ。発展の遅いカルナボーン王国においても、最大手のギャンブル場を提供しているのはやはりスペーサー家。加えて、スペーサー家がカルナボーン国内で所持するカジノのうち、一つはアストロープ家の屋敷から程近い場所に位置していたから。
「仮説だが、もしも氷の渓谷に魔女が住んでいたら…」
「ノア。まだそんな話を信じているのか?」
「聞いてくれ。住んでいたら、どうすると思う?」
「さあな、人に見つからないように生活するだろう」
「でも、食料は?生きていくためには金が必要だ」
「……何が言いたいんだ?」
お手上げといった様子で溜め息を吐くウィリアムに「俺は真面目に話してる」と前置きした上で、持論を展開した。
「俺が魔女だったらビジネスを始める」
「はぁ?」
「魔法や呪いを使う対価として金を要求するね。殺し、誘惑、どんな手法が使えるのか知らないが、それを金に変える」
「お前…恋愛のし過ぎで、だいぶ頭が緩くなったな」
「困ったことに俺は正常なんだよ」
ムッとして言い返すが、ウィリアムは心配そうな顔を向けたまま口を半開きにしている。
カルナボーン王国の中でだけ起こる体調の不調、飲み続けるように指示された薬、婚約破棄された養子を追い出したアストロープ子爵夫妻。まったくもって何の繋がりもないようなそれらを結論に向けて結び付けることはできるのか。
「例えば、カルナボーンの国内だけで作用するような呪いがあるとしたら納得できるんだけど…」
ウィリアムは相槌を返すことも止めて目を閉じていた。それはもう彼は眠りたいという意思表示。ほとんど三日三晩寝ずに付き合わせていたのだから、仕方ない。
氷の渓谷に住む魔女が、もしも何処かでアストロープ子爵と繋がっていたら?しかし、万年金欠のアストロープ家が何かを魔女に依頼できるほど金はないはずだ。
やはり推理は行き詰まる。ウィリアムの言う通り、車が走り電気が使える時代において魔法や呪いといった伝説級の話を展開するのは馬鹿げている気もした。これ以上は考えてもどうしようもないだろう。
あとは、すべてを知っているアストロープ家の二人に話を聞くしかない。
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